さて、十連休ですが

 翔空は寄宿舎を備えているため札幌、道内のみならず本州以南からも生徒が集まってくる。四国九州の出身は志弦たち一年生にはいない。市外道外住みの生徒もいるが故に祝日に挟まれた平日は休みになる。しかし、長期休暇のみならずGWやSWも寄宿舎は閉まるのでその度に地元に帰らねばならない。


「ところでこの宿題仕事量はなんですか。もしかしなくても普通の平日や土日の方が楽だろ」

「早速翔空の洗礼を受けたねぇ…」

 キャンキャン吠えるでない、と前置きしてから志弦はどこか悟ったように返す。

「何が洗礼だよ、何が。つーかここにいっと『洗礼』っつってももう一つの方が印象強いわ」

「まー確かに」

 翔空は世界に姉妹校を持つキリスト教の学校だ。外部から神父を呼んで特別授業をすることもある。

「だからと言ってキリストキリスト言ってもねぇ…意外と仏教徒の先生の方が多いし」

「え、マジで?」

「まじだよ?」

 まさかの横槍に語彙力が吹っ飛ぶ。

「松本先生、齋藤先生、不動先生、立花先生…?国語とか社会の先生は仏教徒のイメージ。寧ろ、キリスト教徒の先生、いなk…シスターを先生にカウントしていいならいるくらい?日本人らしく、特別何かの宗教に入ってます!って人は少ないんだよね」

「ほー」

「なんならシスターすら、八百万の神は良いよね!って言ってるくらいだし?」

「「…はい?」」

 瑠永と癒月、二人の反応が重なった。

「え、じゃあなんでシスターやってんの?」

「知らん」

「さぁ…?」

「なかなかのカオス…」

「カオスこそ日本人じゃん?」

「なに当然でしょう?みたいに言ってるんですか…」

「当然だよね?」

(ツッコミ役は不在ですか…?)

 瑠永もツッコミ役だと言えばそうではある。がしかし、内部進学組に押されてしまった。

「で、宿題ってこの量バグってるよな?絶対」

「どうなんだろ…?」

「…え?」

「ん…?」

「だって俺ら、中学から翔空だもん。よそのことは知らないよ?」

「それもそうか」

「志弦ちゃんに於いては中三の頭までガラホだったんだよ?小学校時代の人と誰も連絡先繋いでないし」

「アイツらと繋がる価値はないだろ。降瑞はお前と瑠永さえ繋がってりゃいい」

「言うなぁ」

「言い過ぎではないのがねぇ…」

 文末に『(現実逃避)』がつくような物言い。それを無視して志弦が疑問を投げた。

「で、公立中のGWの宿題ってどんな感じだったん?二人とも」

 瑠永と癒月は校区が違う。同じ公立とはいえ、すべてが同じというわけではないだろう。

「あーまず私から。国語作文一つ、数学見開き三つほど、理科はなくて社会も見開き三つほど、英語はGW開けたら単語テストするから覚えて来い。副教科はなし」

「いーなーー!」

「私のところはあれですね、小学校の宿題みたいに全教科まとめて一冊の宿題でした。特別覚えてくるよう言われたものはなく、国数英の復習と少しの予習を込みですぐ終わりました」

「神ってない⁈」

「え、そんなんなの?え?()」

「翔空……?」

「まぁ、仕方ないんじゃねぇの?私たちは私たちの意思でここにいるわけだし、中高じゃ違うだろ」

「俺らの意思、か…」

(さて、それはどうなんだろうな…)

 意思なんかあったのだろうか。進路に、人生に於いて、思考放棄していた志弦にはわからなかった。それを不審に思った瑠永は低く短い問いを投げた。

「なに?」

「いや、君たちを疑ってるわけじゃないよ」

 志弦の声のトーンが徐々に低くなっていく。それに伴い目には絶望を宿した。

「まさか、華のJK生活をどうせ高校行けるし…?みたいなそんな諦めみたいな考えでここにいるわけ?」

「そうだけど」

「…は?」

 明らかに苛立ちを含む反応。それに志弦も気が立った。

「なに?別にオレ、生きたくねぇから全部どうでもいいんだよ。もし生き続けてしまったとき、せめて高校は出とかなきゃ生活できないだろ。それだけ」

「お前…」

 瑠永は志弦の時々見せる低く威圧的な、それでいて放っておかない壊れそうな態度に納得した。その理由には懐かしさがあった。

(お前、あの時もそんな目をしていたな…)

 近寄るなと志弦に言われたあの日。彼の口調はそれを含んだものだったと数年越しに瑠永は理解した。

「ところでなんですがー」

 割って入ってきたのは癒月だった。

「GW中、皆さん予定空いていますか?」

 なんという破壊力。己と相手が刀を持ち、双方動くのを睨みながら待っている間に空から降ってくる刺客のような。

「ひま」

 全員の答えが一致した。

 それと同時に緊迫していた空気が霧散する。

「なら、一緒に過ごしましょう!その方がいろいろな面で良いでしょう?」

「…まぁ、確かに」

「お望みなら、十連休まるまるお泊まりも可能ですし」

「金持ちは違ぇな…」

「そこに金持ちみ感じるか…?」

 癒月の破茶滅茶な提案にNoでは答えない。三人にとってそれは有難い提案だった。

「ちょーっと母に確認するわ」

「私もする。OK貰えると思うけどね」

「母上なら許可は下りるだろ」

 それぞれLINEを起動する。そしてその旨を伝えて送信ボタンを押した。

「まー、結果はグルで伝えるわ。そっちの方が確実でしょ?」

「そうですね。双方、誤解があったら大変ですし」

「なんせ、連休まるまる空けるとなったらえらいことになるもんなー」

「親同士の面識フル無視案件だもんねぇ、これ」

「高校生にもなって親同士の面識いるか?」

「知らん」

 では、進展はLINEにて。と癒月の言葉を合図に解散した。

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