私たちについて来れる?
ナンゼロに集う。ピアノの椅子に瑠永、パイプ椅子にゆかりと志弦、癒月は立っていた。
「座らんの?」
「別にいいかなって思っています、まる」
「まるw」
一度静かになったところで瑠永が切り出した。
「早速本題に入ろうか」
空気感が変わった。軽かった空気が引き締まる。重くなるわけではなく、何か構えるようなそんな雰囲気。
「と言ってもなにから言えば良いんだ…」
切り出したは良いが、わからない。なにから話すべきなのか。何を話さないでおくべきか。迷っているとゆかりが切り出した。
「ご飯一日二食の件について作りに行っても良き?」
「うん、いいよ。基本誰もいないし、食費ならあるから」
「あるんだ…」
「というか、誰もいないのか…」
「食は怪しいとして、衣と住はちゃんとある?」
「あるとは思う」
「あるとは思う…うん。じゃあ、現状を吐いてもらおうかな」
「これから始まるのは取り調べなんです?拷問ですか?」
「『瑠永ちゃんを保護しようの会』の指針決定会議だよ…☆」
「なんですか、それ…。これから聞く内容によっては殴り込みもあり得そうなんですが…?」
「もちろんだよね?」
「もちろんだよね⁈危険なことはやめてくださいね⁈志弦さま!」
「どっかのクズ以上だと思うので保証はしない。こういう親は自己中なクズで相手の意見なんか無視するか、どうでも良いから干渉しないかの二択なんだよ。オレ的には後者の方がありがたいけどわんちゃん、危険行為もある」
「……。」
(危険行為、ですか…。それをやるのを躊躇わないのですね……)
「まぁ、お前は桜屋敷の長女だろうし?もちろん危険な目には遭わせられない。家のことは基本長男がやるという偏見持ちだが、このご時世じゃあ、長男いなけりゃ長女が家を継ぐだろう。オレは大した家柄の出ではない。五代前と言ったら系譜があるかもわからんような血筋だ。だからお前はこういう危険なことをするかどうかは選んでいい。自分の意思で家の存続かひとたびの友情か選べ」
「そうそう、私たちはこういう危険と常に隣り合わせだったから今更なんだよ?ふふっ♪」
「今更、ですか…」
(私だけが、あたたかい、ぬるい家庭で育ったのですね…)
「ユヅ、この先のことは知らなくても生きていける。知らない方がいいことだってこの世の中にはごまんとある。お前はまだ知らない。引き返しはできるぞ」
「それでも!」
癒月は抗う。桜屋敷の長女だからなんだ。家のことがそんなに大事か。私がいなくなれば妹に座が譲られるだけではないか。
「それでもあなたという人間を理解したいのです!綺麗な部分だけ選んで見せられて、これが自分の全てだよって、そんなのは嫌なんです!醜さも、汚さも、絶望も、全て受け止めて私が導きましょう。あなたが、あなた方が望むなら、雪の降らない陽が当たる世界へ」
「へぇ〜…言うじゃん?ユヅ。怖くなって途中で逃げ出しても知らないよ?」
(うっわ〜るなちゃん、ワルい顔してる〜)
「上等ですよ。脆い草履で茨の道を
「言うねぇ、すごいすごい」
「言い切っちゃったねぇ〜」
(私が唯一『健全』がわかりますし、いらぬ道に入ることもないでしょう)
「ということで俺、続き気になるから喋っちゃってよ」
「二食なのと食費はあるっつったよな、確か」
「言ってたね」
「私の父親はアル中の薬中で女に目がなかった。ただし、二十代の女性に限る。それで母上は労基に余裕で引っかかるんじゃないかってほど働いた。働いても稼いでも母上の汗と血と涙は父親の浪費癖で一瞬にして消えて行く。親父がそんなんだから母上は私を育てるために私に構える時間がなかった。ときには小学校の給食費さえ出せないことも。カードも口座も全部あのクソ親父の監視から逃れられなかった。そんなんだから母上は頻繁にお金を下ろせず、いくつもの財布に分散させて一日五百円ずつ用意して私に毎日渡していた。そして私は鍵つきのボックスに入れて貯金した。小銭が用意できない日はこれ二日分、とか言ってな。鍵は肌身離さず持ち歩いてお金が取られないように。鉛筆とかノートも買うにはカツカツで、でも自分たち夫婦のせいで勉強できなくなるのは嫌だからと文具とか、必要なものは買ってすぐ私のランドセルに入れるか、私が食費として渡されたそれから出すかだった。食費から出す私を母上は悲しそうな目で見ていたのは覚えている」
「まぁ、うん…此処だけでもヤベェですね」
「世の父親ってクズばっかりなのかな、とすら思えるね。もはや」
「で、私はそんな環境だったから?しづると出会ったのもそんなときだったかな。お前は覚えていないかもしれないが」
「ううん、いまならうっすら思い出せるよ。僕はあの日君と会った。確か、くもりの冬の神社で」
「よく思い出せたな?私と再会したときは初対面です、みたいな反応だったのに」
「悪いな、こっちもこっちで色々あったんだよ」
「懐かしい、その口調」
「そうか?なら君らの前でも使おうか」
「えーー…癒月ちゃん放置されてまーす」
ゆかりがスマホに何かを打ちながら間に入った。
「あ、悪い」
「すまん」
(かつては僕キャラだったんですね?思った以上に面白い人です)
「で、なに打ち込んでたの?」
「これこれ」
画面には『松井瑠永、保護計画』と太字で書かれた下に瑠永、父、母と欄を分け、箇条書きでまとめられていた。
・食費は一日500円
・アル中の薬中、若い女に手を出す
・口座&財布、父親の監視下(だった?)
等。
「去年今年の間で父は突然姿を消した。私たちからすれば待ちに待った解放だった。浮気だろうと事故死だろうと喜んだ。それほど私たちの心は離れていたんだ。その間に母上は私名義の口座を作り、札にできる最大金額を私に託した。銀行で一度下ろして、私の口座に振り込み、私の名で給料を守った。帰ってきた父は突然の母上の口座の空具合に発狂して暴言を吐いて殴りつけた。オレの金は何処にやった⁈オレの金だぞ‼︎ってな。一年以上いなかったくせに今更何をしに来たって話なんだよ。いてもいなくても害悪なのは変わらない。ならいない方がいいのに戻って来やがった」
「うっっわぁ…」
「死刑」
「そう、うん、だからあんま食べてないんですよ。食べる習慣がついてないというか」
「あぁ、ね…」
「食育から始めますか」
「桜屋敷の食育…なんか凄そう……?」
「お母さまがお家にいらっしゃる時間帯ってわかりますか?食育するにせよ、片親だけでもまともであるならば話しておきたいのです。両親共に話が通じないようなら問答無用で実行しますが」
「危険なことはやめろ〜みたいに言っていたの誰だっけぇ?」
瑠永が突っ込む。が
「もうそんなの言っていられません。決めましたから」
癒月は向き合う、戦う意思を固めていた。
「つよいつよい」
「よくぞこんな短時間で」
「んで、母上が家にいるの、不定期なんだよなぁ…。いつも必要事項はLINEだし」
瑠永はLINEを開いて母とのやりとりを見返す。
「ならそれLINEすれば?」
「まぁ、そうだな。親父がいない隙を狙って来てくれれば…?どうせまともに家にいないんだがさ」
「ゆかちゃん、数日持つの作れる?」
「いけるいける」
「らしいので行きましょう。瑠永さまさえ良ければ、我が家でお食事も大歓迎です」
「待ってくれ、いきなりそれはハードル高すぎ…」
「ならゆかりさまの手料理ですね」
「作るからちゃんと食べたか報告してね?なくなりそうになったらまた作りに行くから」
「がんばりまーす…」
「じゃ、グループ作ろうか」
志弦がLINEの画面を開くと同時にゆかりがスマホを指紋認証にかける。
(何から何まで特急か⁈いや、特急乗ったことないんだけども!)
ツッコミは無音の中で完結させ、自分もLINEを開く。
「そういえば高入組のLINE持ってなくない?」
「もうLINE持ってる方がレアでは?」
「まー確かに」
「ということで私と癒月ちゃん交換するから」
「俺とるなちゃんで交換な」
各々、QRコードを出したり読み込んだり。
「私が立ち上げるね」
ゆかりがグループを作成し、『保護計画』とグループ名にした。癒月と志弦を招待し、志弦が瑠永を招待した。
「個チャを繋ぐかは任せる」
「どうしようね…?」
ゆかりから振られて志弦が二人に回答を委ねた。
「するだけして使わなかったらそれでいいんだよ」
瑠永はそれだけ言ってQRコードを表示した。
「これで交換完了っと」
「では、食べた物の報告よろしくお願いしますね。私たちも上げて行きましょう」
「なんか巻き込まれてる…」
「ここまで来て自分だけやらないはないでしょ?」
「まぁ、がんばる」
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