行方不明

 志弦は教室の机に荷物をかけて隣の教室を覗く。

(あれ、ゆか、いない…どこ…?)

 図書室、化学・生物室、パソコン室。基本的に鍵が開いていそうな場所に行ってもゆかりの姿は見なかった。もう一度Aクラスを覗く。

「あれ、やっぱ志弦じゃん。どーしたの」

(だれ、この人…逃げな…)

 志弦は一二歩後退り、苦しさで胸のあたりを抑えた。

「志弦…?」

(無理、たすけて、ゆか…)

 はっはっ…と呼吸が速くなる。

(此処にいちゃだめだ…)

 誰かとわからない彼女を置いて志弦は階段のほうに重い身体を動かして進んだ。

「志弦ちゃんっ…⁈」

 ゆかりは朝から見なかった志弦を見つけては急いで駆け寄る。

「ゆ、か…り……」

 全身が痺れて痛い。上手く呼吸できない。倒れたい。そんな思いに潰されそうになる。

「もう倒れちゃって大丈夫だからね、私に寄りかかってね」

 人の視界に入りづらい場所を取ってしゃがむ。

「ん…。あ、と…」

「志づっ…!」

 瑠永と癒月が合流し、志弦に声をかけようとするがゆかりに制された。そしてスマホのメモに打ち込まれた文字羅列。いまさっき打ったようには思えないそれを二人は読む。ゆかりの対応の速さに過去にも同じようなことがあったと推測せられた。


 現状の志弦は『志弦であって志弦でない』かもしれないこと。

 いろいろと混乱しているために相手を認識できない可能性が高いこと。

 こうなった際の記憶は残るかどうかは怪しいこと。

 志弦は自分のをパターン化したものに名前をつけていること。


 不安そうな『初対面』。明かされない過去。微かに感じる同種の匂い。

 瑠永はもしかして、と一つの可能性を挙げた。

「ごめん、なさ……」

 苦しそうな呼吸の間を縫って零れた謝罪。ゆかりは癒月を避けようと保健室の鍵を開けるよう伝えることを頼んだ。

「癒月ちゃん、職員室に行って保健室の先生に鍵開けてもらえるようにお願いして来て。|夏樹なつき先生に志弦が苦しそうって言えばわかるから。頼める?」

(見られたくないと思うんだよね。早い段階から仲良くしてきても、ちゃんと心を開いたかはわからない。それは瑠永ちゃんにもだけど)

「わかりました。職員室に行ってナツキ先生にそう伝えればよろしいのですね。行って参ります」

「うん、よろしくね」

(さて、瑠永ちゃんはどうしようかな)

「ごめん、なさい…。おれは…」

 瑠永はまだ苦しそうに誰かに謝る志弦の肩をそっと叩く。

「しづる、立てるか?」

 志弦は揺らぐ視線で相手を認識しようとする。

「だ、れ…、?」

 ゆかりが目で合図して瑠永と位置を変わる。

「私だよ、ゆかり。わかる?」

「ゆかり…?」

「うん、ゆかり。立てる?」

「ん…」

 ゆかりは志弦の手を引いて瑠永は後ろから支えるように歩く。中央階段から保健室は遠くない。しかし、こうなった志弦にはとても遠く感じられた。

「志弦ちゃん連れてきました」

「うん、ありがとうゆかりちゃん」

 先生が志弦にソファーに座るよう促す。

「しづるは大丈夫なんですか…?」

 初めてこのような状況にあった瑠永と癒月は心配そうに見つめていた。ゆかりは慣れたように、それでも慣れぬ不安と共に見つめる。

「あと十分くらいだけどギリギリまでいるかい?」

「もちろんです」

 夏樹からの問いの答えは三人揃った。

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