青信号でも気をつけろ

 瑠永が最終下校まで残っていくというのでたまには自分らも残ってみようと思った志弦たち三人。ナンゼロに行くかAクラスにいるかという話が出たが、満場一致即決でナンゼロに決まった。帰る準備をして一階に降りる。

 各々机に鞄を置いて瑠永はピアノの椅子に、志弦と癒月はパイプ椅子に座り、ゆかりが机に寄りかかるように立った。

「…で、話題はない。定期」

「当然」

 瑠永にゆかりが返す。

 無言の時間が流れていく。

 静寂を切ったのは瑠永のピアノだった。

 『ノクターン』と言われ、多くの人が想像するだろうそれを晴れの昼間に演奏する。

「瑠永ちゃんってピアノ弾けたんだ?」

「あぁ、中学で始めたんだよ。暇だったからな」

「上手いねぇ〜」

 音が心地良いのか約一名、眠そうにしている。

「志弦ちゃん、眠いの?」

「んぁ〜?まぁ、うん。寝不足なんよぉ」

「志弦さま。ちゃんと寝てくださいね?」

「いやぁ〜いろいろあるんだよ、これが」

「どれですか…」

 察してしまったゆかりと疑問に思う癒月。ここに年月の差が出た。

 瑠永は化け物退治でもしていたのか?と思案する。が、センシティブな問題のため、聞き出せはしなかった。


 最終下校を知らせる放送を聞き、上着を着て鞄を持つ。バスは二十分後。

「乗る?歩く?」

「どうしようか」

「私は歩きます。ヶ丘がおかまで行かないので」

「ゆずちゃんって近いんだ?」

「そうですね、比較的」

 翔空にはバスとバス、市電とバス、JRとバスと徒歩と通学手段は多岐にわたるが、駒ヶ丘こまがおかから出るバスに乗って来る生徒が八割を超える。駒ヶ丘の駅は市内を走るバスの始発・終点駅であるのみならず、市電の始発・終着駅でもあり、道内全域を走る高速バスの同上でもある。そしてさらにファミレスやスーパー、本屋、百均、映画館に服屋等、そこに行けば欲しいものはだいたい手に入る複合商業施設(神)の役割もあるので空港並みに広く、旅行経験の乏しいゆかりが唯一行った東京で見た動く歩道もある。ただし、乗るより歩いた方が早い。

「でも、みなさんが乗るというなら私も乗ります。一人ぼっちは淋しいので」

「何か死亡フラグ的な発言しませんでした…?」

「それを言ったら現実になりかねないのでやめてください!」

 まさかの返しに志弦が横から入る。

「…そんな危ない道なの?」

「そういうわけじゃな…くないかもですけど」

「あるんだね⁈」

「おっと…?」

「乗ろう」

 三人が癒月をバスに乗るよう促す。

「ほらほら、十五分二十分なんてあっという間に溶けるからさ」

 瑠永の言う通り、気がつけばバスが来た。カードリーダーに触れ、一番後ろの席に座る。最終下校の時間なだけあって乗客は少ない。

「もっと人がいると思っていました…」

 一学年四クラスで六学年。もっと校舎内に残っていてもおかしいことはない。

「まぁ、みんな早く帰りたいんだよ。残る理由ないし」

「そうそ。ほら、四時前に走っていく子たちがいるでしょう?あれ、五十八分のバスに乗りたいから全力で走ってるんだよ。授業終わってHRホームルームしてたら五十分くらいになるし、四時半にもバスあるのにね」

 内部進学生組の説明を受け、癒月は呆気に取られた。

「…忙しいのですね」

「そうだね?みんな生き急いでるって感じ。おばあちゃんになって、死ぬ間際になって、後悔してそ〜。もっと遊んでおけば良かった〜って」

「…後悔していますか?翔空に入ったこと」

「俺は、どうなんだろうねぇ…」

「おいおい、新入生が二人もいん中で早速後悔すんなよな」

 つったく、さっきから聞いていれば…と瑠永がツッコミに入る。

「それもそうだね」

「私たちは高校進学の際、特にこれといった試験も受けていないし、入学したばかりという感覚じゃないのかもね」

「…気づいたら高校生になってしまっていた」

 前を見ているのに何処か遠くを、現実にない何かを見るように志弦は見つめた。

「後悔してんじゃねぇかよ、おい」

「翔空生を続けたことに後悔はたぶんしてないよ」

「たぶんって…」

「皆さん、私、この次で降ります」

「お〜」

 癒月がてすりのボタンを押して次停の知らせが流れる。

「気をつけるんだよ〜」

「はい、皆さんも帰路には気をつけてくださいね」

「わかった〜」

「またな」

 そう短く会話して癒月は降りて行った。

「ありがとうございました」

「ありがとうございます」

 と運転手と一言交わしてから。そしてバスに向かって手を振ってから家へと向かった。

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