母が帰ってきて第一声は「つかれたぁ〜!ご飯作りたくなーい‼︎」だった。そして二言目は「子供は給食があってい〜なー!家にいても待ってるだけでご飯出てくるんでしょ?」。

(家で火を使うなって言う人が何言ってんだか…)

 子供は基本的に衣食住のすべてを親に依存しなくてはならない。年齢が低ければ低いほどにその傾向は強くなる。生存の軸という軸を全て親が握っている現状で、親に逆らうは死あるのみと刻まれる。

「……。」

(死にたいな…)

 そう思ったのはいつからだろう。いつからこんなふうに生きるのを諦めているんだろう。十二年生きて。

(十二年も生きたよ…もう、終わらせて…)

 希死念慮という言葉を知らない志弦だが、気づいたときには『明日どこに行こうかな』の感覚で『いつ死のうかな』と考えている。遺書も考えた。親や学校への恨み辛み、将来の不安、生きている罪悪感。死への憧れ…。何度も書いて、何度も書き直して、捨てるとき毎回、ハラハラして。

(疲れたな…)

 自由になりたいと願うことも、死にたいと願うことも。現実はそんな願いを叶えてくれなくて、寧ろ解放してほしいもので動きが取れなくなる。願えば願うほどに自分を縛りつける薔薇は複雑に絡み合い、棘が深く食い込む。自分はそれに飲み込まれ、自分を失っていく。そんな個人の感情を置いて陽は沈んでは昇り、時間は止まることなく流れていく。

「もうすぐご飯できるよ」

 食卓で勉強している志弦に母はその旨を伝えた。志弦はキリがいいところで切上げ、ノート教科書類をランドセルに落とす。消しかすを払って固くて茶色い、形の崩れた布巾を濡らして机を拭く。そしてキッチンに置かれているおかずや棚から皿を出して並べた。

「いただきます」

 一口目は白米。それからおかすを盛り付けていく。

「あのね、今日会社で高木さんからお土産もらったの。チョコだから志弦食べるでしょ?好きに食べていいからね」

「ん」

 母が果物やお菓子が並べられているカウンターを指して言う。

「ごちです」

 食器を流しに置いて自分の部屋でゴロゴロする。気が向いたときにお風呂に入って歯磨きをした。

「そういえばさ、算数のテストどうだったの?」

「八十五点」

「八十五?九十じゃなくて?」

「うん」

「…は?」

 低くて重みのある「は?」だった。

「三個間違えただけ」

「だけ…?」

(あっ…)

 やってしまった。それだけは間違いない。

「小学校のテストなんか、完璧になさいって言ってるよね?中学高校に入ったら一問三点とか二点で時間変わらないのに問題量増えるんだよ?そんなんで大丈夫なの?いつも勉強してるのに無駄だったんだね。本読む暇あるなら勉強すれば?」

(勉強は無駄みたいなこと言った直後に勉強すれば?ってなんなんだろ…)

「わかった、勉強がんばる」

「わかった、ってなに?本当にやるの?やれるの?結果出せるの?中学校からの宿題手付けたの?ついて行けそうにないレベルなら先に予習なさいね」

 矢継ぎ早に質問する母に志弦はついていけなかった。

(中学校、か…)

「あんたが行きたいって言ったんだからね。それ相応の結果を出しなさい。じゃないと高等部に行かせないからね」

(行けるのかな…)

 怖いから男子がいない女子校への進学を希望して、受験勉強も頑張って合格したが、志弦には自分が四月まで生きていられるのかがわからなかった。

「うん…」

「返事は『うん』じゃなくて『はい』でしょ!何回言ったらわかるの⁈」

「はい、ごめんなさい…」

「四月から中学生なんだからしっかりしなさいね!」

「はい…」

 志弦は下を向いて部屋に戻った。

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