放課後

 瑠永は今日もおかしな視線を受けた。

(ゆかりちゃんだって志弦とは仲がいいのになんで私だけ…)

 この子だけでも守りたいという思いとなぜ明らかな被害がないのかと疑問に思うのとで瑠永の心境は複雑だった。

 少しずつ実害が増えていった。廊下ですれ違うたびに吐く真似をされたり、おしぼりの蓋だけがごみ箱に捨てられていたり。瑠永はすべて低俗なバカがやること、と切り捨てたつもりでいたが、明らかに蓄積するものがあった。


 放課後、子どもたちは児童館や習い事に向かったり、自宅に帰ったりするなか、瑠永は下駄箱で忘れ物に気づき教室に戻った。すると隣から電話しているような声が聞こえた。

「うん、わかった。僕も見てみるけど、雪鳴さまも気をつけてね。うん…うん、わかった。じゃ」

 誰が電話してるんだろう、と三組をチラッとみる。相手が気になるが、そこにいたのは志弦だった。

「なんだ、ルナか。何の用だ」

 瑠永に向ける口調は普段通り少し硬くて低い。先程のやわらかい印象はどこに消えたのか、なんて疑問を誤魔化すように質問した。

「さっき誰と話してたの?」

 志弦は返答に困り、真っ直ぐ瑠永の目を見る。

「じゃあ、質問を変える。『ユキナリサマ』って誰?」

「…何のことだ」

「ケータイも持たず、誰と話してたの?」

「お前の聞き間違いじゃないの?」

「そう?」

「現代とて、携帯なしにどうやって此処にいない人と話すんだ?」

「それもそっか」

「そんなことより、教室に用があるんじゃねぇの?」

「そうだった!」

「なんなんだ、あいつ…」

 隣のクラスなのに駆け出す瑠永にやれやれ…と思う。それと同時に雪鳴の存在を誤魔化せて良かったな、と志弦は安堵した。次からは毎回結界を張ろうと決めた。


「ただいまー」

 無人の家に帰り、ランドセルを床に下ろす。給食袋をフックから外し、中身を取り出して洗濯機に投げ入れた。リビングのテーブルでプリントの宿題をちゃちゃっと片付け、家庭学習に移行した。ゆかりはかるた会で放課後に会うことが少ない。となると人脈なんぞ知らん!の志弦は自然と一人で過ごすことになる。本を読んでも良かったが『勉強やったの?』と訊かれたくないので説極的に自習に励む。

(『やった感』を出すのってやっぱり計算だよな)

 算数の教科書と五ミリ方眼のノートを開き問題を解いていく。降瑞は家庭学習のページ数に応じて家庭学習表にシールが貼られていく。それがすべて揃ったらラミネートされ、『おかわり優先券』となる。給食に興味が殆どない志弦は一度、すだちゼリーに使っただけだ。一度使われたおかわり優先権は穴が開けられ無効になる。ちなみに、ナンバー数が大きい方が優先度は高くなる。

(がんばったって…)

 何になるんだ…。そんなことが頭の片隅にありながら勉強を続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る