ホロケ

 志弦は学校帰りに神社に寄った。学校からは徒歩二十分ほど。校区的には降瑞と山端の境とも言える場所。

雪鳴ゆきなりさま〜!」

「志弦か〜」

 と御神木に姿を表した白狐。神孤・妖狐の類かは明らかにしていないが、神聖たる雰囲気に包まれている。

 スタッと雪面に降り立って志弦の腕の中に飛び込んだ。

「始業式の日に降瑞に悪さするやつを退治したんだが、山端地区全体の方はどうだ?ヤベェ妖怪とか来てねぇか?」

 雪鳴をもふもふしながら志弦は話す。

「いまのところいないよ。俺が張った結界を突破できない雑魚ばっか」

 と雪鳴は手をひらひらさせる。

「雪鳴さまの結界を突破できるヤツって鬼つよなやつらだからな…?」

「それもそうだな」

 わっはっはっ!と笑うがこちとらそんな余裕ねぇんだよ、とツッコミはしなかった。

「でもまぁ、俺が張ったところで外部からの侵入はある程度防げても、内部で生まれたやつは消せないからなぁ」

「そこは僕がなんとかしますよ。学校に現れた雑魚くらい『三分もあれば充分だ』だし、僕の周りの奴は僕が消すから」

「頼もしいねぇ」

「そんな頼りにしないでくれよ。一応、十二のガキなんだから」

「どうしようかな〜」

「おい…」

 ガサガサガサ…

「なぁ、いま動いた音しなかつたか?」

「したねぇ」

 風はない。そして山と繋がっているとはいえ、この辺りは普通の狐や狸は見られない。見れたとしても駐車場から車道を挟んだ向こう側だ。

「さて、片付けますか」

 黒く生きた靄みたいなそれは志弦と雪鳴を目がけて襲ってきた。

「話せそうなヤツはまず対話ってのがお決まりなんだけど、なっ!」

 志弦は一度後ろに飛んで距離を取る。

 話せそうにない。もし仮に刀でも振り下ろしたら四方八方に散って攻撃を回避し、距離を取って元の形に戻りそうだ。

ゆい

 赤い半透明の立方体の箱を作り出し、その生きた靄みたいなものを閉じ込める。自由を制限されたそれはだんだんと固体に近づいていった。志弦はランドセルを背負ったままでは動きにくいと御神木を囲う柵に立てかける。完全に固体になったそれはオオカミのようだった。

「僕の言葉がわかるか?」

「わかル」

「じゃあ、なぜ僕らを襲おうとした?」

 小さなオオカミ(仮)はホロケと名乗った。

「…襲うつもりハなかったンだ。信じてくれとハ言わないガ、ソノ…白狐殿ニ頼みたいことがあったンだ。ただ、ぼクは他者とノ関わり方がわからナくて…」

「…不器用なやつ」

(わからんでもねぇけどさ、そういうの)

 志弦にもふられてた雪鳴は志弦の左肩に移動して「さて」と切り込んだ。

「俺に用ってなにかな?」

「白狐殿、ぼクニ守護者としての心構えを教えてほしいンデス!」

「…ん?」

「なんだぁ、そりゃ」

 雪鳴と志弦は首を傾げた。守護者としての心構えとはなんだ、と。確かに雪鳴は山端地区に結界を張るくらいには強いが、守護らしい守護だと考えたことはなかった。いや、遠くの昔に考えたかもしれないが。

「え、ダッて山端地区に結界ハルってコトはそれほど力も強いノデスよね?」

「確かに弱いやつには務まらんが、心構えとかそんなのないよ?」

「そんなァァ〜…」

 ホロケが無害だと判断した志弦は彼を解放する。オオカミだからか、雪国だからか、その両方か、ホロケは綺麗な着地をしてみせた。

「ホロケの言う守護が何をもって『守護』と言うのか、『心構え』と言うのかはわからんが、おれはお前には充分その心構えとやらは備わってると思う。要はその土地の住民を守りたい、だろ?あとは思いを現実にする力を持っているかだよ。あぁそれと、あれは確かに白狐だが、雪鳴って名前だよ。んで、こいつが志弦」

「どうも」

 志弦は軽く頭を下げた。

「ユキナリ殿にシヅル殿…」

「お前はよその地域から此処まで来れたってことはそこそこ力は強いはずだから民を守る、結界を張ってそれを維持するのはできるはずだ。彼らへの思いもある。あとは技術の問題だが、それも大丈夫だろう」

「どういうこと?」

「こやつ、向こうの結界張りながら此処にいる。結界を維持できる中でも弱いやつはその地域から出られないし、中には神社から出られないやつもいる」

「鬼つよじゃん…」

「そ」

「つまり、ガチで『心構え』だけを訊きに来たのか?」

「そノとーリデス」

「わぉ…」

(遠路はるばるお疲れさまデス…)

 人の世にはスマホや電車があっても、人ならざる者の世は未だ鴉や鳩に手紙を持たせたり、自分の足や羽で目的地に向かう。人に化けられる妖は少数ながら人類の道具を使う者もいるが、妖同士のコミュニケーションにはあまり役立たない。それに大半の妖は結界により異文化交流ができないため、他地区からの来訪を警戒する。

「特段、教えるようなことはなかったがな。…言うとすれば、人ならざる者の世と人の世は同じ時間を過ごしていても、その一生には想像もできぬ時間の差がある。我らにとって数十年は一瞬だとしても、その時間は人からすれば一生だ。ホロケ、人の子の時間は速いぞ。大切にしなさい」

「はい、あリがとうござイました。雪鳴殿、志弦殿」

「いきなり閉じ込めちゃってごめんな。また会えたら嬉しい。今度はそっちの地区の話を聞きたい」

「もちろん」

 ホロケは黒い靄みたいなものに戻って己が守る地域へと戻って行った。

「さて、僕も帰るかな」

 と志弦は立てかけたランドセルを背負う。

「またな、雪鳴さま」

「またね、志弦。変なやつに絡まれるなよ?お前なら心配ないが」

「あぁ」

(もう既にヤベェ人間やつには絡まれてるけどな)

 志弦が参道を降りて行くのを確認して雪鳴は狐の像に戻った。

(幼子にしては荷が重い未来かな…)

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