本屋

 四十分ほど歩けば神社、市電通りに出たら見える山。町を二つまたぐその山をもしも迷ったときは目印にして帰る。

 街に出るため市電を待っていると、昼間にも関わらず狐が通り過ぎて行った。

 こんな昼間に?狐初めて見た!など少しの間話題になる。

 車通りの多い昼間に狐が人前に出るとは珍しいな、と志弦は凝視するとただの狐ではないことがわかった。

(あれは妖か)

 狐は夜行性のため、人が活発になっている日中の道路で目撃されるというのは不自然だ。そのときはすぐに市電が来たため、あまり気にすることなく志弦は市電に乗り込んだ。

 一両で長椅子が四つ。二両編成での運行が想定されたつくりで中ドアから乗り、前方から降りる。後方にドアはない。乗車の際、カードリーダーにカードをかざし乗車処理をする。これをやり忘れると降りるときに『乗車処理がされてしません』と機械音声が流れて少し足止めされてしまう。大した時間ではないが、スムーズな下車からは少し離れる。

 景色がゆっくりと流れ、一時間ほど電車に揺られて降りた。

 目的は文具屋。志弦の家は『小学生のうちはお小遣いは月五百円、ただし要件により請求可』のため友達の家に遊びに行くお菓子等は親が出してくれる。しかし、ただ一言に『ノートが欲しいから』『鉛筆が尽きるから』お金を出してほしい、とお願いしても『百均のならいいよ、出してあげる』と返ってくるのだ。志弦が求めているのは百均のではなく、可愛い表紙のノートのため、お小遣いから出さなくてはならない。

 タイルがところどころ見える歩道を一直線に歩き、青い旗の建物に入る。地下一階から地上五階までのすべてが文具・事務・画材用品売り場。ある種天国。志弦は迷うことなく手帳やカレンダーには見向きもせず、奥の方へと進む。鉛筆・消しゴム・ノートが置いてあるコーナー。鉛筆と消しゴムは特別こだわりはなく百均で買っているが、ノートはシマエナガやイルカの可愛い絵が表紙に描かれているものを志弦は愛用している。学生証を持たない小学生に学割は使えないが、二冊買っても税込で五百円以内。四冊を厳選してレジに並んだ。

「次の方どうぞー」

 前の人が会計を終え、お姉さんに呼ばれる。

「お願いします」

 四冊のノートをレジカウンターに乗せ、トートバッグの内ポケットから財布を出す。

「四点で九百六十八円です」

 五百円玉を二枚出しておつりを受け取る。

「お確かめください」

「ありがとうございました」

 会計後、少し離れたところにある机でバッグに商品を入れる。

 志弦は文具屋を出て本屋に向かった。

 ガラス張りの重いドアを押して入ってエスカレーターで三階へ。文庫コーナーで好きな出版社の棚を眺める。

 志弦の家では「本に出す金は惜しむな」の考えがあるため、本だけは親が買ってくれる。欲しい本のリストをLINEにメモしていく。

 『本を親が買う』と聞くと漫画は自分で買え、だとか漫画を卑下する親、というのを想像するかもしれないが、志弦の家はそんなことがない。寧ろ推奨されるレベルだ。

「ふっふ〜ん♪」

 と鼻歌を交えて四階に上る。小説や新書のリストは送った。次は漫画とラノベとジュニア文庫。漫画はどれを選ぶかにもよるが、税込五百円以下なものもある。しかし、ジュニア文庫はジュニア文庫と言いながら一冊六百円以上はする。大人が子供に買い与える値段なら安かろうが、月五百円のお小遣いの小学生には手が出しづらい。

(まぁ、そんなことは置いといて…。ラノベラノベっと…)

 順調にリストに追加していき、送信する。

 志弦が帰るかぁ〜と踵を返したとき。

「シャーロック…ホームズ博物館…公式…?なんだそれ……」

 いつもは違うものが、公式ファンブックが置いてあるコーナーに現れた英国のグッズ。

(今日この機会を逃したら二度とないかも…)

 そう思えるほどのレアイベント。急いで電話で確認を取る。

「もしもし、まみーちゃん?」

 ワンコールで出た母にヲタク特有の早口で用件を伝える。

「いま久堂書店でシャーロックホームズ博物館のグッズが売ってるんだけど、だいたい千円から一万円なんだよな、一個。どんくらいまで出して貰える?あ、出さないってんならお年玉から出すんだが。北海道に二度と来ないかもしれないし、いま買っときてぇんだけどいい?早ければ明日、遅くても週末にお迎えにあがりたい。本のことはまたの機会に。いまはホームズ優先」

「なになにがあるの?グッズ」

「腕時計、バッチ、ネックレス、ピアス、ボールペンに色鉛筆、シャーペンあとノート。あ、エコバックにマグカップもある」

「たくさんあるね。…週末行こう。買ってあげる」

「やった〜‼︎」

「本屋では静かに。あと極力電話しないで、仕事中だから。緊急事態い…」

「今回は緊急事態なの!」

「はいはい」

 しかたないなぁ、と聞こえそうな返しに「ありがとう、まみーちゃん!」とお礼を言う。

「じゃあ切るね」

「ばいばーい」

 にやけそうな上機嫌で志弦はエスカレーターに乗った。

(まみーちゃん神〜!)

 この後はどこにも寄らず市電に乗った。

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