第3話 青天の霹靂(3/3)
元隠密のモノはあらゆる学問に精通している。
その道のエキスパート、と言えるほどではないが、その道の専門家と名乗っても疑われない程度の知識を持っていた。
元来、料理を除いたあらゆる分野に対する才能を持った彼にとって、学問を修めることなど朝飯前のことだった。
「……人格を沈める“毒”か」
先日の仕事の最中、興味本位で持ち帰った研究ノートを読み解くと驚愕の研究成果が記されていることに気づく。
もしこの研究が形になっていれば“人の人格だけを消す”ことが可能となる。
つまり言われるがままの操り人形、いわば生きた人間を意志のない“人形”に変えてしまうことができるのだ。
「理屈の上ではできなく、ないのか……?」
始末屋の仕事で毒を用いる彼はその製法を読み解き、実現可能かどうか考察する。
要は次世代の“自白剤”に近い。
人間の意志に関わる部分だけを正確に阻害し、残りの部分は正常なままとする。
例えば、人間には触れられたくない場所がある。
身体のデリケートゾーンであったり、コンプレックスを感じている部分だったり、そういった場所に触られそうになったら“拒絶”の意志を示す。
この薬はそういった“意思表示”をする脳の機能だけに作用し、人格に基づく意志決定ができないようにする効果がある……とされている。
もし取り調べ中の犯人に対して使えば、どんなに黙秘したいと願っていてもその“意志”だけを奪い情報を語らせることができる。
「……完成していないことを祈るしかない、か」
もしこの薬が完成していれば、人を意のままに操り国すら乗っ取ることができる可能性が生じる。
権力者の手に渡れば、どんなことに使われるのか分かったものではない。
「…………」
モノは研究レポートを捨てようするも、知ってしまった以上対策は練らねばならない。
もう一度それを最初から読み解き、所謂“解毒剤”を作れないか考察するのだった。
ベルーガとアリスの喧嘩じみた鍛錬から数日。
彼らはどこかぎくしゃくとしたまま日々が過ぎていた。
二人とも子供ではない。仕事をする上でのやり取りは問題なくこなしていた。
「……なんだか、調子狂うなぁ」
だがやり取りは本当に必要最小限にとどまっていた。
以前のようにベルーガがサボればすかさずアリスが諫める――そんな日常は既に無く、サボり放題でお小言が一切なかった。
それはそれで結構なのだが、いつも通りが無くなると変な心地がするものである。
ベルーガは団子屋で一服しつつ、ため息をついた。
いつもならば、団子を食べ始めたころ合いでアリスがやってきてお小言を言い始めるのだが、今日はそれが無い。
「……はぁ」
団子を串から引き抜きつつため息。
成程、自由は自由で張り合いがないという事か。
もぐもぐと団子を噛みしめつつ、すっかり冷めてしまったお茶でそれを流し込む。
「…………隣、失礼するよ」
「ああ、どうぞ」
ベルーガの隣に幼い少女が座る。
年不相応に大人びた雰囲気だったが、不思議と背伸びした感じがしなかった。
少女はみたらし団子を自分の脇に置くと、ぱくり、とかじりつく。
小動物のようにもぐもぐと口を動かしご満悦な様子は年相応な可愛らしい少女だった。
「……随分と、重い物を背負い込んでいるみたいだね」
「…………はい?」
ほのぼのとした気持ちで少女を眺めていたベルーガは、唐突な言葉に首を傾げた。
「ええ、と……私の話?」
「ああ。君以外に誰がいるんだい?」
ベルーガはきょろきょろとあたりを見回す。
お昼過ぎ、丁度おやつ時だったが団子屋には彼と少女の二人しかいなかった。
「……まあ、私は警邏官ですからね。そりゃあ、世界の平和という重い物を」
「平和を背負った警邏官は団子屋で呑気に一服はしないよ。私が言いたいのはそういう事じゃない……もぐもぐ」
義妹と同じ年頃の少女に冷たい目で見られベルーガは居心地が悪かった。
少女は団子を噛みしめながら、その串の先端で彼の肩を示す。
「業だよ。君はとても大きな業を背負って生きているね」
「……大人をからかうもんじゃありませんよ」
誰も見抜けていない“裏”の顔を見透かされたようで気味が悪かった。
もしや、この少女はどこかでベルーガの“仕事”を目撃したのだろうか?
「からかってはいないさ。私は人一倍、見えない物に敏感なようでね。一杯まとわりついているように見えるんだ――君に恨みを抱く怨霊が」
「はは……困ったな。新手の商売ですか?」
確かに始末屋として多くの悪人を殺してきたベルーガは、殺された悪人から多くの恨みを買っている事だろう。
そういった者達の怨念が常にまとわりついているとしたら……霊感のある人間は気になってしまうかもしれない。
「ベルーガ・デクティネ――君は何のためにその業を背負っている?」
「……手前、何者だ?」
名乗ってもいないのにフルネームで問いかけられたベルーガは、傍らに置いていた刀に手を伸ばす。
見透かされているなら昼行燈を装う必要はない。
本来の鋭い視線を少女に向けた。
「言ったところで君は信じないだろう?」
「……かもな。だが返答次第じゃ」
「この国の平和を誰よりも願う者だ、と言っておこう。自分にできる最大限を成し遂げたい。だからこうして見分を広めているんだ」
ベルーガの殺気に怯むことなく、少女は毅然と答える。
どうやら害意は無さそうだ。
だがもし始末屋としての顔を知られているのなら――
「……報われて欲しい人がいる。誰よりもまっすぐで、一生懸命な人が報われる世界になって欲しい……と、こんな答えで満足か?」
「ふむ……理解できたよ」
少女は満足そうに頷きながら立ち上がる。
「余は心苦しく思っている。君のような人間がいなければ回らない、この国の現状を」
「……陛下の真似事かい? 不敬罪で捕まえてやってもいいだぜ」
少女はおかしそうに微笑みながら振り返る。
「余は第23代イーストエンド国王。フロリア・ピオニーである……そう言ったら、君は信じるかい?」
「……もし嘘だったら、不敬じゃ済まされないぜ」
少女は嬉しそうに微笑むと、人ごみの中へ消えていく。
国王を自称した少女との出会いは、ベルーガの運命を変えることになるのだろうか、それは未知数である。
「――見回り、終わりました~」
謎の少女との邂逅があったものの、その後は問題なく見回りが終わり日が暮れる頃にようやく支部へ帰還するベルーガ。
「ああ……ベルーガ君おかえり」
「……どうしたんです、隊長?」
隊長のノブは困惑した様子でデスクの上に乗せられた辞表を見つめていた。
「あ、もしや職を辞されるおつもりで?」
「違うよ! 私は定年まで辞めるつもりはないよ!?」
からかうようなベルーガの言葉をうけノブはそれを慌てて否定する。
「いや、それがね……アリス君、警邏隊を辞めるそうだよ」
「……はい?」
正に青天の霹靂。
ベルーガは何が起きているのか理解できず固まるのだった。
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