第9話 残酷な真実(1/4)

「ベルーガ君がスローターを捕まえただって!?」

「うるさっ……は、はい……」


 隊長、ノブの絶叫に顔をしかめながらもアリスはベルーガのを報告する。


「ま、またまたぁ……この間も偽物が出たばかりじゃないかね。また偽物なんじゃないかね? ぬか喜びはしたくないよ」

「いえ……それが、本物しか知りえない情報を知っていまして……」

「……な、なん、だって……?」


 無論、警邏隊も間抜けではない。捕まえた犯人の言葉をうのみにするほどザルではない。

 証言と事実を照らし合わせ、慎重に事を進めていた。


「東地区での犯行や、どうして南地区へ来たのか、これまでどんな犯行を積み重ねてきたのか。まず間違いなく、本物だと思われます」

「うそん……」


 ノブは嬉しいのか、嬉しくないのか、自分の気持ちが分からなかった。

 ただ一つだけわかるのは、昼行燈がとんでもない奇跡を起こしてくれたという事だけ。


「明日、天変地異でも起こるんじゃないかね……?」


 もしベルーガがスローターを捕らえられるとしたら、それは天地が返るほどの奇跡だ――そう評していたノブは、まさか本当にその奇跡が起きてしまい信じられない気持ちで一杯だった。





 エンベリザ家の使用人メイド、ツグミ――それがイーストエンドを騒がせた殺人鬼、スローターの正体だった。

 彼女はその悪行とは裏腹に大人しく捕まると、非常に協力的な態度で取り調べに応じていた。

 淀みなく、時に猟奇的な本性を覗かせながらも、自身の犯行の全てを語った。


「……確かに、矛盾はない」


 ベルーガは自分で捕らえたこともあり、ツグミの聴取の際は欠かさず参加していた。

 自分の推理通り、犯人はエンベリザ家にゆかりのある者だった。

 スローターが東地区から南地区へ移動してきた理由――主人が南地区へ越すことになったのだから、確かに移動せざるを得ない。


「……に、しては何か引っかかる」


 だがベルーガは違和感を覚える。上手く言えないが、何かがおかしい。

 人も殺せぬような善人面をした、あの女性が本当にスローターなのだろうか?

 確かに人は見かけによらないとも言うが、どうしても違和感がぬぐえない。


「――あ、旦那!」

「お勤め、ご苦労様」


 ベルーガは一人、スローター――ツグミを収監している牢へ足を運ぶ。

 

「お待ちを! たとえ旦那でも許可なく面会は」

「まあまあ、そう固いことは言わず」


 勝手にツグミと面会しようとしているベルーガを止めにかかる見習だったが、ベルーガはそんな彼に50バーミル大銀貨を握らせて黙らせる。

 そして人払いをすると牢屋へ――そこで裁きを待つツグミの下へ向かう。


「――どうも」

「……今日の調べは終わったのでは?」


 お世辞にも彼女の処遇はいいと言えなかった。

 両手と両足は常に鎖でつながれ、左の足首には重りがつけられ自由な移動を制限されている。本来は用を足す際に身を隠す仕切りがあるのだが、牢の中にそれはなかった。

 更にベッドもなく、眠るときは毛布で暖を取らねばならない。

 食事はパンとスープのみ――もっとも、彼女はこれに手をつけておらず、配膳された状態のまま放置されていた。


「食事、お口に合いませんか?」

「……私は、死刑になるのでしょう? だったら……食事など不要です」


 ツグミは空腹を訴える自分の腹を押さえつける。強がっていても体は正直だ。


「裁きが下されるまでもうしばらくあります。それまでに死なれると、こちらが困りますから」

「……そう、ですか」


 彼女はゆっくりと――重りのせいで自由に動けない中、体を引きずるようにして盆の上のパンを手に取り、ゆっくりと咀嚼する。

 ベルーガはますます不審に感じる。

 大人しすぎる。不平不満の一つくらい言えばいいものを、何も言わずに従っている。


「……初めての時、どう感じました?」

「……はい?」


 ツグミは意図を理解できず怪訝な表情を浮かべる。


「……初めて人を殺したとき、どうしようもない嫌悪感に襲われた。この手で命を奪ってしまった、それも同じ人間の命を。気色が悪すぎて、飯が喉を通らなかった」


 ベルーガは初めて人を殺めた時のことを思い返していた。

 始末屋としてこれまで多くの人間を殺してきた。今でこそ何も感じないが、初めての時は別だ。


「でも、しばらくすると、殺しは普通のことになっていた。食う、寝る、遊ぶ、友と語らう、そういった日常の一つに“殺し”が加わった。でも――初めてのことは今でも忘れない」


 そこまで聞いてツグミは何を言いたいのか理解できた。

 この警邏官は疑っているのだ。本当に自分がスローターなのか、と。


「……昔捕まえた男が、こんな風に言っていたのを思い出しましてね。貴女はどうなんです?」

「私は……」


 ベルーガの鋭い視線を受け、彼女は嘘をつけないと直感した。

 きっと、取り繕っても見抜かれてしまう。ならば――


「夢かと思いましたよ。目の前で起きていることが、今私が見ている悪夢なんじゃないかって」


 12年前。

 初めての殺しを止められなかったときの事。

 冷たくなっていく亡骸を運んだこと、無心で地面に穴を掘ったこと、そして――


『――これで私たち、共犯だね』


 屈託のない、あの純真無垢な笑顔。


「……ねえ、警邏官様。南地区に来てから、噂を聞きました」


 意を決したツグミは、胸元に隠し持っていた1バーミル銀貨を取り出す。


「第三地区の、始末屋の噂」

「……それを警邏官の私に言いますか。始末屋はね、警邏隊の敵なんですよ」


 自分が始末屋であることを棚に上げつつツグミを嗜める。


「もし……もし、頼めるなら、お願いできませんか?」

「この期に及んで、まだ人を殺す気か?」


 能天気の仮面を脱ぎ捨てたベルーガは鋭い瞳で彼女に問いかける。


「……を、始末してくれませんか?」

「…………」


 その言葉で、彼は違和感の正体を悟った。

 ツグミはきっと身代わりなのだ。

 エンベリザ家の誰か、本物のスローターを守るために仕立て上げられた身代わりなのだ。

 本物に近しいからこそ、全てを知っているが、本物ではない。


「……手前が、スローターだろ」

「…………そう、でしたね」


 ツグミは泣き笑いのような表情のまま、格子の隙間から銀貨を握った手をつきだす。


「もし手前が裁きを受けてもなお、スローターが現れるようなら――そん時は頼んどいてやるよ」

「……よろしく、お願いします」


 恨みの花は確かに咲いている。

 だがこれ以上スローターが姿を現さないのならば裏取りは難しい。

 彼は受けっとったを懐に収めると、牢を後にするのだった。



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