第14話 今宵の仕事(1/3)
「アハハ……はぁ」
海岸沿いの飲み屋街。
きれいな海岸線を見ながら一杯、そんな狙いで作られた居酒屋が何件も軒を連ねている。
とはいえ日付も変わった夜更けに出歩く呑兵衛はさほど多くない。店じまいしているところも多く、夜はさっさと家に帰れと言わんばかりである。
「んっ……んっ……はぁ……」
そんななか千鳥足で練り歩く一人の女性がいる。
ゴールデンエース号の船長、フレイである。家に帰っても誰が迎えてくれるでも無し、極度の睡眠障害を患っている彼女はゆっくり眠ることもできない。
ならば安酒で気持ちを誤魔化すしかない。
「あぁ……いい、気持ち……」
荒れた肌は酒気で真っ赤に染まり、濃い隈の目立つ瞳は充血して焦点が定まっていない。
彼女は右手に持った酒瓶を口に咥え、天を仰ぐようにして中身を体に注ぎ込む。
その拍子にバランスを崩してよたよたと後退している。
「…………」
そんな彼女を暗がりから見つめているのはカレン。ブーツに仕込んだ
「――ック……えへへ……」
フレイは人の気配に気づいておらず、濁った眼で通りを見つめている。
カレンは黒のワンピースのベルトから垂れる縫い針に手を伸ばし、ゆっくりと糸を引き抜き静かに時を待つ。
「あーあ……ヒクッ……このまま、ゆっくり眠れたら……しあわせ、なのに……」
フレイは充血した瞳を潤ませている。悲しい気持ちを誤魔化すように酒をあおり、流れ落ちる涙を袖で拭った。
月に雲がかかり暗くなる。
その瞬間をカレンは逃さなかった。
「――えっ?」
フレイの腰に縫い針と糸が絡みつく。
彼女の手から酒瓶が滑り落ち砕け散った。
「きゃっ」
カレンはすかさず糸を引きフレイを暗がりへ引きずり込む。
そのままフレイの膝を蹴飛ばして体勢を崩し、後ろから顔を押さえた。
「ま、待ってよ……あんた、始末屋でしょ?」
フレイは恐怖と酩酊でろくに抵抗できないが、どうにか助かろうと口を開く。
「わ、わたしも仲間に入れてよ……もう、こんな仕事から足洗おうと思って」
「……」
カレンは何も答えない。
「ほ、ほら……私、殺しは好きだから……! きっと、始末屋になったらゆっくり眠れ」
「よかったな」
フレイの言葉を遮るようにしてカレンは
「これでゆっくり眠れるぜ」
「んっ……んん……!」
それをカレンはまるで糸を外すかのようにゆっくりと引き出し――くるり、と
フレイの体から力が抜け、手を放すとゆっくりと崩れた落ちた。
「……こちとら、好きで殺しやってんじゃねぇっての」
カレンは軽蔑するようにフレイを一瞥するとブーツに
「!」
その最中、気配を感じたカレンは慌てて顔を上げる。
戻ってきた月明かりの下、仕事の現場を目撃してしまった少年がそこにいた。
お使いだったのだろうか、大事そうに酒瓶を抱えている。
「……誰にも言うんじゃねぇぞ」
目撃者の口は封じろ――それが始末屋、裏の鉄則である。
だがカレンは少年を見逃した。いくら目撃者だからと言って子供を手に掛けるほど彼女は非情にはなれなかった。
少年は大きく目を見開きながら激しく首を縦に振ると一目散に駆けだし――その頭が弾ける。
「……は?」
ころころと血まみれの石ころが転がっていく。
カレンは慌てて暗がりから飛び出す。目撃者の少年は無残にも頭部を破壊され事切れていた。
「……なんで」
彼女は石の飛来した方を睨み付ける。そこには捉えどころのない微笑を浮かべるリリィが佇んでいた。
右手には数個の石ころを握り締めており、彼女が犯人であることは確かだった。
「大丈夫です。この子が清く正しい行いをしたのならば、その魂はきっと楽園へ辿りつけ」
「そういうことを言いたいんじゃねぇよ!」
カレンは怒りを抑えきれぬ様子で声を荒げる。
「……子供だぞ」
「見ればわかります」
「どうして殺した? 子供まで殺す必要はなかっただろ!?」
「……ガキが」
リリィの表情が消える。握っていた石ころは砕け散り指の隙間から破片がぽろぽろと零れ落ちた。
「私たちがやっているのは子供の遊びなんかじゃない。れっきとした裏の仕事――人殺しなんだよ」
彼女はカレンの胸倉を掴み睨み付ける。
「世直し気取りの正義の味方がしたいなら、今すぐ楽にしてあげますよ」
「……悪かったよ」
裏の世界の不文律に従うならば正しいのはリリィの言い分だ。
始末屋は清く正しい正義の味方では決してない。
金を受け取り悪人を殺す、いわば“悪の敵”に過ぎない。
故に目撃者の口は封じなくてはならない。子供であってもそれは例外ではないのだ。
「子供を殺したくない気持ちはわかりますが、そんな情はさっさと捨てた方が身のためですよ」
解放されたカレンは思わずしりもちをつく。
「どうしても子供を殺したくないなら、もっと人目に付かないよう上手くやりなさい」
「…………」
カレンは隣の亡骸をじっと見つめる。
もっとうまく的を始末していれば、この少年の命は奪われずに済んだのかもしれない。彼女が殺したも同義、始末したフレイの様に証拠を見せびらかして殺さなくてはいけない命を増やしたようなものだ。
「……ごめんな」
これからは仕事のやり方を変える必要がありそうだ。
より証拠が残らぬよう、より目撃されにくいよう、巧妙に仕事を成し遂げねばならない。
彼女は指先についた返り血をゆっくりと拭い取った。
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