特定
「それで、何かわかったのかいミノさん?」
部室にて、アスマが机に置かれた望月と神谷の告発書を見つめながら訊いてきた。あたしは柘植の告発書を手にしながら、
「ひとまず容疑者に変更はなし。柘植、夏目、蕨野、纐纈の四人」
「四人が誰かに話したことを黙っている可能性はないの?」
「まあ、ないんじゃないかしらね。それはつまり犯人を庇っているということになるけど、柘植と夏目、蕨野は思いきり被害を受けているし、纐纈だって新聞部的には面白くない事態でしょう。どいつも他人に気を遣う状況ではないはずよ」
アスマは唸り声を上げ、
「話したことを忘れている……いや、みんなのあの様子じゃそれもなさそうだね。そもそも、庇うほどのことでもないし」
「品のない行為ではあるけど、警察に捕まるわけでもないものね」
「そうそう。……でもさ、ミノの推理だとみんな自分が犯人になるのも美味しくない人たちばっかりじゃん」
「そこは何か事情があるのよ」
「ふぅん。流石に狛人くんは違うと信じたいなあ。これで彼が犯人だったらもう救いようがないもん」
もともと救うつもりもないでしょうに……。
すると、あたしたちの背後で淡水魚を愛でていた佐渡原が呆れたように口を開いた。
「お前ら、それ話してる時間で他にやることないのか?」
「ないわ」
「つまんねえ奴らだな……」
その一言に無性に苛立ち、反射的に文句を言ってやろうと身を捻ったが、佐渡原は口笛を奏でながら部室から出ていくところだった。ストレスを消化する場所がなくなり、つい舌打ちをしてしまう。
アスマをちらりと見ると、彼女は何か考え込む様子で告発書と向き合っていた。これまでいくつか謎解きをしてきたが、こいつが頭を使う素振りを見せたのは初かもしれない。普段は何も考えていないとしか思えない気の抜けた表情をしているというのに……。良いことだ。
あたしも柘植の告発書を睨みつける。
『ご覧の通り、二年C組の柘植狛人は最低な男である。
美術部に所属する彼は同じクラスの園芸部員、夏目香薇と交際していたにも関わらず、二年A組の演劇部兼図書委員の蕨野結華にも手を出して二股をかけたのだ。
哀れ、彼は青春という毒に侵されてしまった青春破綻者である!』
なかなかエッジの効いた文章だ。果たして、たったこれだけの文章とあの軽い聞き込みから犯人を推測できるだろうか? 可能である。正直な話、昨日の段階から犯人に目星はついていた。今日、夏目と蕨野の証言を得たことで確信を得られた。キーとなるのは青春破綻者という言葉……ではない。もちろんそれも重要な要素ではあるけれど。
アスマが読んでいる告発書の方はより簡単に真実へ辿り着ける。彼女ならじきに気づくだろう。現に、たった今彼女と目が合った。
「あたしは犯人が誰かわかったわよ」
先んじて言うと、アスマもいつも通り気の抜けた顔で頷く。
「奇遇だね。私もだよ」
やはり、こいつならこのくらい気づくに決まっていた。
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