青春破綻者たちの事件簿【解決編①】
佐渡原先生との遭遇から十五分経っているので本当は帰りたかったんだけども、私とミノは犯人と目される人物ととある一室で対峙していた。ここで帰るとこの件が明日まで続くことになるので、今日終わらせるのには納得している。他の部分で納得できない箇所があるのが問題なんだけど、そこは後でいいや。
ミノが語り始める。
「知ってると思うけど、あたしたちはあの貼り紙をばら撒いた奴を探しているわ。それは別に造語を勝手に使われたのが気に食わないからとかって理由じゃなくて、柘植に強引なやり方で頼まれたからよ。容疑者は青春破綻者という単語を知っている連中。あたしたちがその単語を教えたのは纐纈、柘植、夏目、蕨野の四人よ。自分たちを含めたら六人ね」
刑事さん二人と佐渡原先生は流石に省いたみたい。全員犯人じゃないであろうことは私たちで推理済みだもんね。その分話が短くなっていいと思う。
「確認したところ、その四人とも誰にも単語を話していなかったそうよ。四人全員何かしらの迷惑を被ってるし、犯人を庇っているということはないでしょう。客観的に考えて、そんな言葉を他人に教える理由もないし」
あ、自覚あったんだ。偉いね。
ミノは腕を緩く組んで背中を壁に預ける。
「けど、そう考えると不自然な点が一つ……。犯人にはそもそも青春破綻者なんて単語を使う必要がない。あたしたちが犯人の場合、単語を教えた連中からこぞって疑われることになるわ」
これはミノが身を以て体験したことだ。まあ私は全然疑われなかったけどね。
「そして他の四人が犯人の場合、他に何人の人間があたしたちからその単語を聞かされているのかを知りようがない。つまり、青春破綻者の単語を使った時点であたしたちに自分が犯人だとバレるリスクがあったのよ」
私たち以外の誰も青春破綻者という単語を吹聴していないのなら、誰も他人がその単語を把握していることを知る機会がない。仮に私たちが青春破綻者を一人だけにしか教えていなかったとしたら、犯人は確定的に明らかなのだ。
事実としては何人かに単語を教えていたわけだけれど、容疑者目線ではそんなことはわからない。今名前を挙げた容疑者の面々からしたら、使う意味のない呪いのワードにしかならないってことだね。
ミノは犯人さんに冷めた目を向ける。
「じゃあ、どうして犯人は青春破綻者なんて単語を使ったのか? 当然、その単語だけでは自分が犯人だとバレない確証があったからよ。容疑者候補を一新するわ。犯人はあたしたちの口から青春破綻者を聞いた者の中にはいない」
あれま。とんでもなく範囲が広がっちゃったよ! ま、そんなこともないんだけども。
「あたしたちから単語を聞いた連中はそれを誰にも教えていない。質問したら、今思い出したという風だったわ。……だけど一人だけ、他人に教えてこそいないものの、その言葉を文字として出力した人間がいる。纐纈よ」
同じ室内にいた纐纈さんが唖然とした表情で口を開いた。ミノは彼女をちらりと見て、
「纐纈は青春破綻者を記事に使おうとして、すぐに別の言葉に書き換えている。書き換えたということは、一旦は入力したということよね? 当時は締め切り間近で焦っていたという話だったけど、締め切り直前はいつも新聞部員が部室に集まって必死に記事を書くのでしょう? ……なら、纐纈が青春破綻者という単語をパソコンに打ち込んだときも周りに大勢部員がいたはずよ。書き換える前の記事を覗き込んだ奴がいてもおかしくはない」
纐纈さんが学校のパソコンで記事を書いているというのも、ミノの家に雨宿りしたとき電話で彼女が語っていたっけ。
ミノの話を総合すると、
「犯人は纐纈さん以外の新聞部員ってことだね」
「私を犯人と名指ししているんですから、そういうことなんでしょうね」
犯人さん……もとい陣内さんはいつもの眠たげな表情のまま冷静に呟いた。彼女はミノを見据え、
「これから説明するつもりだとは思いますけど、一応訊いておきます。新聞部員は他に何人もいるのに、どうして私なんですか?」
「もちろん説明するわよ。ポイントは柘植の告発書の文章の──」
ミノは手にしていた告発書を広げると該当箇所を指差した。
「ここ、『美術部に所属する彼は同じクラスの園芸部員、夏目香薇と交際していたにも関わらず──』この部分よ」
纐纈さんが眼鏡をかけ直してミノの持つ告発書とにらめっこする。
「これが、どうかしたの?」
「どうして犯人は柘植が先に夏目と付き合っていたことを知っていたのかしらね。柘植が夏目と付き合っていることを突き止めても、蕨野と付き合っていることを突き止めても、二股をかけていることを突き止めても、恋人にした順序まではわからないわ。それこそ、柘植本人からしか知る術はない」
狛人くんと夏目さんは付き合っていることは隠しつつも、それでも仲が良かったことは知られていた。だからといって夏目さんが先に恋人になったと決めつけることはできない。
わからないことを書く必要はないのだし、付き合っていた順序も重要な情報じゃないんだから、犯人が何も知らないなら二股をかけていたということだけ書けばいいのだ。
「柘植が夏目と付き合っていたことを話したのはここにいる四人だけだそうよ。あの日以外で誰かに話したことはないと本人が言っていたから。あたしとアスマ、柘植と纐纈はさっきの推理から除外。残ったのは新聞部の陣内、あんただけ」
纐纈さんと陣内さんがそれを誰にも話していないのは昨日自分たちで言っていたしね。
しかし陣内さんは即座に反論してくる。
「それは夏目先輩と交際していることを知ったというだけです。その時点で柘植先輩が蕨野先輩と付き合っていなかったどうかは、私には知り得ません」
「あ、確かに」
完全にギャラリーと化している纐纈さんが納得したように頷く。
「知りようはあるのよ」
言いながら、ミノは不要になった告発書を私に押し付けてきた。……いや、いらないんだけど。
「あの名無しのラブレターの謎を解けばいいだけだもの」
ミノの打ち立てた推理に、やはり纐纈さんはぽかんとしている。何も知らない第三者にはなんのこっちゃな話かもしれない。
「あたしはプライドが高い方だけど、それでもあの謎は自分にしか解けないなんて驕った考えは持っていないわ。夏目が転校生で下駄箱の位置が一番後ろ、応援団のメンバーに蕨野という苗字の女子がいる……これだけでラブレターが誰宛のものかは推理可能よ」
応援団のメンバーについては私がノートを見せたし、夏目さんが転校生であることは纐纈さんが話していた。陣内さんはその二つの情報を持っていたことになる。
「宛名がわかったら次は差出人を考えるのが聡い人間というもの。あたしたちと別れた後にでも、図書室にいた蕨野に取材と称して探りを入れにいったんでしょう?」
ミノの家に雨宿りしたときに纐纈さんから聞いたことだけど、人物さんは蕨野さんに取材経験があったらしい。ひょっとしたらそのときのことなのかもしれないね。
「そこであんたはラブレターが夏目の下駄箱に投函された昼休み過ぎには、蕨野が教室から出ていないことを聞き出した。そこからはあたしと同じ推理を展開して差出人に目星をつけた。だからあのとき、階段の方からあたしたちを見ていたのね」
ミノの話では、どうやら狛人くんが蕨野さんの下駄箱にラブレターを入れるという告白の一部始終を、陣内さんは階段の方から見ていたらしいのだ。目が合うと逃げるように去っていったようだけど。
「あれが解ければ、柘植がどっちと先に付き合っていたかはわかる。纐纈以外の新聞部員であの一件を知っていたのは陣内だけでしょう? だからあんたが犯人なのよ」
纐纈さんと陣内さんは誰にも狛人くんと夏目さんが付き合っていたことを話していない。その情報を伏せたままラブレターの一件を部内で共有するのは不可能ってことかな。
改めて犯人と指摘された陣内さんはテーブルに視線を落として黙り込んだ。特に動揺は感じられず落ち着き払っている。近くで成り行きを見守っている纐纈さんの方が緊張の面持ちではらはらと忙しなく身を動かしていた。
やがて陣内さんは小さく肩をすくめ、
「はい。その通りです。流石、というべきなのでしょうね」
あっさりと認めた。纐纈さんが呻き声を上げる。
「うっそー……本当に美織ちゃんなんだ。どうしてまた、あんなことを?」
「せっかく愉快なスキャンダルを知っているのに放置するのも面白くないので、夏休み前に一騒ぎ起こそうかなと思いまして。どうせ夏休み明けたらみんな忘れますし」
「えー……美織ちゃんってそんなマスゴミ精神旺盛なキャラだった?」
纐纈さんがやや疑わしげに陣内さんを見つめた。新聞部の部室が沈黙に包まれる。どうやら纐纈さんは陣内さんの動機に釈然としていないらしい。付き合いが殆どない私にはなんとも言えないや。
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