新聞部にて②

「おかえりー、美織ちゃん。何かネタあった?」

「毒にも薬にもならなそうなことがいくつか」

 彼女はちらりと私たちを見下ろしてくる。

「どうして桂川先輩と遊間先輩がここに? また、事件でも?」

 遊間……先輩? 先輩ですって奥さん。初めて言われたよ。思えば中学から現在に至るまで、まともに後輩と関わったことがなかった気がする。生物部には当然のように新入部員なんてこなかったし。いやはや何というか、それなりに心躍る言葉ですな。

 纐纈さんが手を左右に振り、

「違う違う。でも事件と言えば事件なのかな? 例の紙の犯人を探してるんだってさ」

「え……お二人は無関係の事柄にも首を突っ込むんですか?」

 やや目を丸くする陣内さん。

「それが無関係じゃないんだよ。あれに書かれていた青春破綻者って単語は桂川さんの造語だから」

「……なるほど。ということはつまりあれは桂川先輩の──」 

「犯人を探してるっつってんでしょうが」

 いい加減にしろとばかりにミノがつっこんだ。陣内さん的にはぽかーんだけども。

 ミノは頬杖を着くと新聞部の二人を交互に視線をやりながら、

「陣内も丁度いいタイミングできたわね。柘植が生物部の部室に訪ねていたとき、あんたたちもやってきたけど、あのとき柘植と夏目が付き合っていることを本人から聞いたはずよ。それを誰かに喋ったりした?」

「喋るわけないって。守秘義務は守るよ、私は」

「私も話していません。他人の恋愛事に興味ありませんから。週刊誌の不倫報道もつくづくくっだらないと思っています」

 纐纈さんと陣内さんは口々に言う。陣内さんの方は妙に感情がこもっていた。

 狛人くんが二股かけていた云々は、本人も言っていたけど偶然知ることができる情報なので、青春破綻者という単語と比べてぶっちゃけあまり関係ない部分なんだけどね。

 ミノはこれ以上特に質問はなかったようで、纐纈さんから告発書を取り返すと新聞部の部室から出ていった。私は黙ってそれに続く。

 一応ね、とミノは隣の図書室に蕨野さんがいないかを確認した。今日は当番じゃないのか、それともやはり帰ったのか、蕨野さんはいなかった。下の階にある演劇部の部室も見たけれどこちらにも姿はなかった。

 もうやることもないし、佐渡原先生登場から十五分経っていたので、今日はこれで帰ることになった。

 四時半でも七月ともなれば、まだまだ全然陽が高い。そして夕方でもべらぼーに暑い。昇降口から外に出て、つい顔をしかめてしまう。明日も明後日も明々後日も、きっと暑いんだろうなあ。

 現在と未来の気温に辟易しながら歩き出すと、ミノも同じ速度で横に付いてくる。そのまま校門を抜けた。長い坂を下っていく。

 あの調査の流れから黙って帰るというのも味気がないので、話題を提供することにした。

「犯人の目的は何なんだろうね。……いや、二択くらいのものだけどさ」

「その二択っていうのは、柘植を貶めたいか、他人の醜聞を広めて悦に浸りたいか……よね?」

「そうそう。前者の場合は現在の容疑者からさらに絞れそうだよね」

「夏目か蕨野ってところでしょうね。自分も悪目立ちするけど、よっぽど柘植が憎ければそんなこと気にしないでしょうし」

「狛人くんの二股にも一番気づきやすいポジションにいたのもあの子たちだよ」

 まだ二人からは話を聞いていないのでこれ以上は何とも言えないけど、なかなか怪しい気がしなくもない。

 車道の交通量が多そうなので、歩道橋を使うことにした。するとミノが西陽を睨みながら、

「後者の場合は……纐纈が怪しいってことになるのかしらね。夏目や蕨野の動機としてはあまり考えられないから」

「うーん……そうなっちゃうかな」

 別に夏目さんと蕨野さんの動機が前者じゃなければいけないなんてことはないんだけど、二人が犯人の場合はそっちの方がずっと納得できる。

 一方で纐纈さんなら、爆笑しながら他人の不祥事を広めまくる姿も想像に難しくない。本人に言ったら怒りそうだけど。他には……、

「一応、狛人くんの自作自演説もなくはないよね。写真は他人に撮らせればいいんだから」

 ミノは呆れたような顔でこちらを見てきた。

「青春破綻者という単語と自身の二股を確実に知る存在だから、そりゃあ犯人の条件として申し分ないけれど、動機が意味不明すぎるわよ」

「それはほら、全女子生徒から蔑みの眼差しを向けられたかったという、ドM的な理由とか」

「だとしたらその覚悟にあっぱれだけど、あたしを犯人扱いしてきた挙句、真犯人を探すよう脅してきた意味がわからないわ」

「トドメとして犯人を自分だと指摘されたいのかも」

「……」

 ミノは手に顎を添えて黙り込む。歩道橋の階段を降りきった。

「仮にあいつが犯人だとしても、流石にそれが理由ではないでしょう。どうせならトドメは彼女たちに刺してほしいはずよ」

 ……いや、うん。なに今の、一考の余地あり、みたいな間はさ。それっぽい反論なんて用意しなくても冗談なのに。

 ミノはやや冷めた表情を浮かべ、

「どのみち、複雑な動機なんかがあるかもしれないから、これらの推測で誰が犯人かを語るのはまだ早い気がするわ」

「そんなのあるかなあ。いちいち難しく考えすぎでしょ……」

 早くもミノの住むアパートの前にやってきた。彼女とはここで別れ、私は一人で帰路につく。

 犯人は青春破綻者を知る者の誰か……。一体誰が犯人なのか。私にしては珍しく、少しだけ犯人が気になっていた。

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