スキャンダル②

『ご覧の通り、二年B組の望月綾女と生徒指導の神谷誠はどうしようもない二人である。

 教職員、それも生徒指導の身でありながら女子生徒と不埒な関係を持つ神谷にはもはや何かも言うべくもない。

 そしてクラスの中心人物であり、他にいくらでも選択肢がある中、よせばいいのに教師と付き合っている望月綾女はどうしようもなく愚かな青春破綻者である!』


 翌日のこと。下駄箱の前の廊下。階段の脇の謎スペースという、昨日とまったく同じところに落ちていた紙を拾い上げた私は少々面食らっていた。仮に犯人が二回目のアクションを起こすとしても、もうちょっと間を空けるでしょという特に根拠のない予想をしていたんだけど、まさかこんなに早くやってくるとはねぇ……。しかも中心人物さんといつも聖職者面してぷりぷり怒っていた神谷先生のことじゃん。

 昨日のあれと同じく、コピー用紙に簡素なフォントの文字、それから縦長な写真が一枚載っている。写真はどこかの教室で熱烈にキスを交わす二人を窓の外から撮ったものだ。中心人物さんは紺のカーディガンを着ていて、神谷先生はスーツを脱いでワイシャツ姿になっている。カーテンと思しき布地が近距離に写り込んでいるので、その隙間から撮影したんだと思う。

 これは何というか、狛人くんの醜聞がどうでもよくなるくらい大事って感じがする。今回は教師が関係しちゃってるし。というかあの二人、そんなに何回も学校でイチャコラしていたんだ。警戒心がないのか、それとも見られたらアウトというドキドキのシチュエーションに興奮していたのかな。偏見だけど後者な気がする。

 私は新たな告発書を折りたたんでバッグにしまうと、階段を登って自分のクラスへと向かう。

 予想通りというか当然というか、教室の中は騒然となっていた。

「綾女ちゃんが神谷とってまじありえんわ〜」

「がっつりキスしちゃってるよー」

「流石に合成でしょ」

「神谷、よく聖職者面してぷりぷり怒ってられたわね」

「俺望月のこと結構良いなと思ってたけどこれは引くわ」

「俺も狙ってたのになあ」

「可愛いもんな」

「神谷のこと」

「そっち!?」

 なかなかバラエティに富んだ会話が聞こえてくる。

 紙がばら撒かれてもうそれなりに経っていると思うけど、やはり人間という種族は他人のゴシップが大好物みたい。まあクラスの中心人物の話題だしね。

 私にもそれなりに話しかけてくれてありがた迷惑な存在ではあったけど、たぶん悪い子ではなかったと思うのでちょっと可哀想かも。人生って、殺されないまでも、ちょっとのことで崩壊してしまうんだね。

 でも客観的に見ると、学校で教師とイチャイチャしてる時点で自業自得感は否めないかな。

 件の中心人物さんは教室にはいないようだった。流石に本人がいるところではみんなもこんなに話せないよね。既に帰ったのか、そもそも休みなのか、呼び出しを食らっているのか……。どちらにせよ狛人くんよりもずっとダメージは大きそうだ。

 盛り上がっていたクラスメイトたちも先生がきたら流石に黙り込んでしまって、そこからは何事もなかったかのようにいつも通り進行していった。それでも休み時間になったらみんな思い出したかのように中心人物さんの話をする。結局中心人物さんは教室に現れなかったので、帰ったのだと思う。

 しかし放課後になるとみんな飽きたのか、中心人物さんや神谷先生について語る人は殆どいなくなっていた。

 私はいつものようにだらだらと生物部の部室へ向かうと、既にミノが定位置に座っていた。エアコンは点けたばかりなのか、相変わらずまだ部屋は涼しくない。

「かなり早かったわね」

「いつも通りの時間じゃない? 先生の話長くて参っちゃうよ」

「あんたじゃなくて犯人の方よ」

「あ、そっちか」

 扉を閉めていつもの席のフックにバッグをかけた。ジッパーを開けて二人の告発書を取り出す。

 ミノが椅子の背もたれに体重をかけながら天井を仰いだ。

「二回目があるとしても、こんな昨日の今日でやってくるとは思わなかったわ」

「私もだよ。犯人も計画が下手くそだよね。狛人くんの話題が風化しきってからやればよかったのに」

「夏休みが近いから焦った……いや、あんなの三日も経てばみんな忘れるか」

 私は告発書をぶつぶつ呟いているミノの机に置くと、毎度のごとくエアコンの前を占領する。長ったらしい髪を両手で後ろにまとめて涼風を首筋にまで行き渡らせた。

「昨日、犯人は狛人くんをピンポイントで狙ったのか、それとも愉快犯なのかって話で大盛り上がりしたけど、これは愉快犯ってことでいいのかな。纐纈さんしょっ引く?」

「決めつけが早すぎよ。目的や狙いを悟らせないための目眩ましを用意するのは、ミステリの鉄板だもの」

「そうなると、犯人はまだ目的を達成していない可能性もある……?」

「ええ。一応は考慮に入れておきましょう」

 うーん……考えすぎでは?

 ミノががたりと立ち上がった。私を見下ろしてくる。

「夏目と蕨野に話を訊きにいくわよ。休んでないのは確認してる」

 エアコンの前でしゃがみ込んだままミノをじっと見上げる。心地良い風に包まれながら私は口を開いた。

「……もう十五分くらい涼ませて?」

 引きづられることとなった。

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