新聞部にて①

 新聞部の部室は北棟三階の図書室の隣にある。私はこの前の図書室殺人事件で初めて知ったけど。

 図書室というと、事件後しばらくは閉鎖されていたらしい。もともと利用者は少なかったみたいだから、困った人はあまりいなかったはずだ。今は流石に利用できるみたいだけど、殺人事件が起こった場所に近づく人はいないんじゃないかなあ、と思っている。

 蒸し暑く人通りが皆無の静かな廊下を進むと、扉が開け放たれている教室があった。新聞部の部室だ。事件の際にもこうなっていたけれど、後で聞いた話ではエアコンが故障していて修理待ち状態だったらしい。この様子を見るに今も尚、ということだろう。地獄だね。……やっぱり帰ろうかな。暑いし。

 しかし大見得を切っちゃった手前そんなわけにもいかず、ミノと二人で室内を覗く。中央に長テーブルを二台くっつけた作業スペースがあって、その上にクリアファイルやらノートパソコンがいくつか置かれている。新聞部なのに印刷機はなかった。

 その中で纐纈さんはだらしのない顔で椅子の上に置かれた扇風機の風を独占していた。他には誰もいないみたい。

「わーれーわーれーはーうちゅーじんだー〜〜〜」

 ミノが声をかけようとしたが、こんな楽しげなことをされてしまっては流石の彼女も黙らざるを得ない。二人して扉の前で立ったまま観察していると、気配に気づいたのかちらりとこちらに視線を向けてきた纐纈さんと目が合う。

 彼女は口をきゅっと噤むとおそらく自分の席と思しきところにいそいそと座った。

「見てた……?」

 顔を真っ赤にして気まずそうに尋ねてくる纐纈さん。ミノは部屋に足を踏み入れながら、

「この暑さだもの。涎垂らしながら扇風機の近くにいても誰も恥とは思わないわよ」

「垂らしてないよ! で、でも見てないならそれでいいや」

「NASAには黙っておいてあげますね」

「ばっちり見てたんじゃん!」

 纐纈さんは羞恥心に歯噛みしながら、ごまかすように机に置いてあった眼鏡拭きでレンズを磨き始める。

「ふ、二人がくるなんて珍しいけど、どうかしたの? また殺人事件でも起こった?」

「違うわ。これの話よ」

 ミノは手にしていた告発書を広げて纐纈さんに見せた。眼鏡をかけ直した纐纈さんはこちらをじっと見つめ、

「あれ、それって桂川さんがやったやつでしょ。桂川さんの造語なんだよね? 私と何か関係があるの?」

「はあ……。それはもう飽きたわ。少しはネタにオリジナリティを出しなさい」

「何言ってるのかわからないんだけど……」

 青春破綻者なんて単語が使われてる時点で、普段の言動と行動がおかしいミノが疑われちゃうのはもうしょうがないよね。一方の私は精神面が万人から芳しい評価を受けているので誰からも疑われないのである。

 私たちは長テーブルを挟んで纐纈さんの正面に座った。誰かが使ってる椅子だろうけど気にすることはないだろう。

「てっきり桂川さんがついに暴走してやっちゃったのかと思ったけど、違った?」

「違うわ。その青春破綻者についてだけど、あんたこの単語を誰かに教えたことある?」

 纐纈さんは即座に首を横に振る。

「まっさかー。阿久津さんの事件で聞いて以来、口にしたこともなければ人から聞いたこともないよ。大体、恥ずかしげもなくそんな言葉吐けるの桂川さんくらいでしょ」

 うんうん、とミノの横で頷いておく。……痛っ! 脛を蹴られた。

「校内新聞の記事にも使ったことないのね?」

 ミノは睨みを効かせながら尋ねる。すると纐纈さんは喉の奥で小さく呻いた。彼女の気色がやや悪くなり、

「い、いやー……今年の五月だったかな? 締切に焦って血迷ったことがあったんだけど、桂川さんが青春破綻者とかって奇妙な単語を言ってたのを思い出して、語感がちょっと面白かったからそれを使った記事を書いちゃったことは、ある……。けど、やっぱりないな、と思ってすぐに別の言葉に書き換えたから世には出てないよ。これが自分のセンスだと思われたらたまったもんじゃないし、桂川さんに勝手に使ったら著作権料とか特許料とか要求してきそうだし」

 お、正解! 纐纈さんトラブルを神回避。

 ミノは不愉快そうにふんと鼻を鳴らす。もしかして青春破綻者という単語、気に入っていたのだろうか。

 纐纈さんは苦笑しながらミノが長テーブルに置いた告発書に視線を落とす。

「二人の様子から察するに、真犯人を探してるってことでいいんだよね? だったら応援するよ。あんなものまたばら撒かれちゃ、新聞部の達せがないから。TPOを弁えざるを得ない校内新聞じゃ、話題性で勝ち目ないし。桂川さんにクレーム入れてやろうと思ってたくらいだもん」

 校内新聞はたまーに、本当の本当に暇なときに目を通す事が極稀にあるけれど、確かに刺激という部分においてこの告発書に勝てるわけがない。少しでも話題になってやろうという気概は感じるけど、教師のチェックが入る関係上限度というものがあるようだ。

 纐纈さんが立ち上がると長テーブルから身を乗り出してミノの手元から告発書をひったくる。

「それにしても、あのときの彼がまさかこんな最低な子だったとはね」

 拗ねて俯いていたミノが思い出したように顔を上げた。

「そうだ。そのことでもう一つ訊きたいことがあったのよ」

「ただいま戻りました」

 不意に扉の方から声が聞こえてきたので三人同時に振り返る。陣内さんが相変わらず眠たげな表情で立っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る