ロジックール・ライブラリー【解決編①】
新聞部の隣の空き教室に、相も変わらず関係者が集まっていた。指紋の採取と照合に時間がかかったため、既に午後一時を回っている。なお、吉村にはもう用がないのでとっくに帰宅してもらった。纐纈と陣内もいらないのだが、謎に居残っている。物好きどもめ。
「犯人がわかったから、今から説明を始めるわね」
部屋に戻ってから椅子に座って早々に放たれたあたしの宣言に場が驚きに包まれた。纐纈が呆気に取られながら、
「え、刑事さんたちは呼ばなくていいの?」
「いいのよ。あんな奴らは」
本当は廊下にいるのだがそれは隠しておく。所要により奴らには席を外してもらっているのだ。あたしのポケットにあるスマホが明月と通話状態になっているので、そこから話を聞いてもらっている。
「事件の概要は知ってるでしょうから省くわね。細かい話が多いからぱっぱといくわ。まず、この事件の犯人の条件について。犯人は延長コードを使うとき、括っていたビニール紐をハサミで切断している。蕨野と吉村が落とし物とかがないか図書室を散策したときにも、当然ハサミなんかは落ちていなかった。つまり、図書室にハサミを持っていかなかった奴は犯人じゃないわ」
「あ、私は持っていなかったわ」
佐川が控えめに手を挙げる。
「お、俺も……」
和田もそれに追従してきた。さらに石田も続きそうになったところで手で制す。
「誰がそれを信じるのよ。図書室にハサミがあった蕨野と、バッグを持ち込んでいた和田と佐川は事実に関わらず除外できない。唯一手ぶらだった石田だけがこの条件から外れるわ」
ずっと陰鬱としていた石田の表情がぱあっと明るくなった。おそらく彼女本来の表情なのだろう。
すると、陣内がぴんと手を挙げた。
「手ぶらだからと言ってハサミを持ち込めなかったというわけではないのでは? ポケットがありますよね」
「ポケットは無理よ。女子生徒なら知っての通り、この制服のスカートにはそんなに大きくないポケットが一つあるだけ。石田はそこにハンカチとスマホ、財布を突っ込んでいた。ハサミなんて入らないのよ」
ポケットはそれほど大きくないあたしのスマホがジャストフィットするサイズだ。石田のスマホはあたしのより幾分か小さかったが、それでも財布を合わせればポケットがパツパツになるのは想像に難しくない。ハンカチは薄くて形が変わるからともかく、ハサミなど入れる余地はないだろう。もちろん、二つ折りの財布の中にもハサミなど入れようがなく、仮に入っていたら他の部員が気づいたはずだ。
石田がバッグから財布を取り出すと、既にハンカチとスマホが入っているポケットに強引に捩じ込んだ。隙間がないほどパンパンに膨れ上がっている。陣内はそれをじっと見つめているが、納得しかねるようだった。
「スカートのウエスト部分に挟めばいけそうですけど……。下着の中とかもありますし。上の下着は無理そうですけど、下の方なら……」
「君失礼すぎない!? 私先輩だよ!?」
細身な石田が不愉快な一年生に悲鳴を上げた。あたしはため息を吐き、
「何のためにそんな無理をしてまで図書室にハサミを持ち込む必要があるの? 本を借りるのに必要なのは学生証だけだから、それを財布から抜き取るだけでポケットにかなりのゆとりが生まれる。何ならバッグごと持っていけばいいだけじゃない」
「自分が疑われないようにするためじゃないんですか? 延長コードが事前にビニール紐で括られていたことを知っていたんです」
「知らないもんそんなこと」
一年生からこれでもかと疑われる石田が涙声で言った。あたしは陣内を見つめる目を細める。
「つまりあんたに言わせると、図書室に他の利用者がいなかったのも、吉村が親から呼び出されて帰ったのも、蕨野がイヤホンで音楽を聞いていたのも、全て石田の計画だったってことね」
陣内は僅かに息を飲んだ。……この事件はどう考えても突発的犯行だ。事件を起こす前に起こした後のことなど考えていたとは思えない。
しかし陣内はまだ折れない。
「じゃあ、殺人ではない悪事をするつもりだったのかもしれません。ハサミを使うつもりだったのなら、本をバラバラに切り刻んだりとか。それが色々と転じて殺人に発展してしまった」
殺人犯呼ばわりされている石田が縋るような目で見つめてきた。
「そんなことをするつもりなら図書室に誰もいないときにやるわよ。そうすればそもそも疑われることすらないんだから。うちの司書教諭はよく図書室を留守にしてるから、休み時間なんて隙だらけよ。休んでた今日なんて特にね」
あたしはさらに続ける。
「もっと言うと、犯人は良雪のスマホを持ち去っているのよ。もちろんポケットには入らないからウエストなり下着なりを利用することになるけど、落としたら終わりのものを二つも抱えた状態でいちいち料理雑誌なんて借りるかしら? できるだけ早く外に出たいでしょうし、蕨野は勉強していて注目してこないかもしれないのに、カウンターまでいけば絶対見られる。おまけに最後スキップまでして……。そこまでのリスクを冒す必要がある?」
陣内は黙り込むと、石田の方を向いて謝罪した。石田は許すとは言わなかった。
さて、ようやくこれで容疑者から一人を除外できた。あたしがわかったのはここまでだ。ということで、
「後はアスマ、よろしく」
「今の流れで全部話してもいいのに」
「あんたが解いたんだから、あんたが話す……そういう決まりでしょう?」
「そんな決まりは知らないけどさ……」
ため息混じりに呟いたアスマは机に突っ伏していた上体を持ち上げて、一同と向き合うのだった。
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