現場再現

 翌朝の九時半前、しかめっ面のアスマがあたしのジャージを持って我が家にやってきた。別にあたしが朝取りにくるように厳命したわけではない。

 昨夜、明月から連絡が着たのだ。関係者を集めて、図書室で事件発生までの流れをおさらいするのだとか。十時頃から始めるらしいが、あたしたちは九時半に呼ばれた。

 アスマを部屋に入れて制服に着替えさせ、二人で学校へと赴いた。ちなみに、やはりというか事件の影響で学校は休みである。

 昇降口は開いていないので職員玄関の方から校舎に入った。すぐに明月たちと合流し、十塚も含めた四人で図書室を目指す。

「あたしたちを早めに呼んだってことは、力を貸してほしいってことでいいのよね?」

「ふんっ。いちいち言い方が恩着せがましいんだよ」

 明月は鬱陶しげに吐き捨てると、十塚に目配せをした。彼はメモ帳を取り出し、

「鑑識の結果を教えるよ。まず、凶器はあの延長コードで間違いなかった。被害者のDNAが検出されたし、指紋が綺麗さっぱり拭き取られていたからね。凶器が保管されていた戸棚の取手からも、誰の指紋も検出されなかった。ちなみに戸棚には他に紙類が入っているだけだったよ」

「犯人は延長コードを括っていたあのビニール紐をハサミで切ったってことでいいの?」

「そうだね。僕らの間でもそう見てる。ちょっと実験してみたけど、カッターナイフやもっと小さいハサミ……例えば糸切りバサミなんかじゃもっと綺麗に切れるんだ。ハサミの先端を何度か使わないと、あんな汚い切り口にはならない」

 十塚はメモ帳を捲り、

「被害者が倒れていた机や座っていた椅子も指紋を拭われていた。突発的な犯行なんだろうけど、この犯人、そこは徹底してるよ。それから動機に関係ありそうな情報として、被害者のスマホが持ち去られていた」

 ポケットに入っていなかったのでそうだろうとは思っていた。

「被害者の友人が放課後すぐにメッセージを送って、被害者はそれに返信している。事件の直前までは確実に所持していたはずなんだ。総出で図書室の隅から隅まで探しても見つからなかったから、犯人が盗んだと見て間違いない」

 警察というのも大変そうね……。おそらく、良雪のスマホに犯人特定に至る情報が入っていたから持ち去ったのだろう。図書室へ呼び出した際のメッセージか、はたまた別の何かか。

「死亡推定時刻は君たちが死体を発見する一時間前とのことだった。尤も、プラス三十分の幅はあっても全然おかしくないようだけど」

 つまり容疑者から外れる者はいない、と……。

「蕨野さんの証言を話に出てきた図書委員の吉村さん、佐川さんの演劇部の友人、昨日既に帰っていた料理研究会の他の部員たちにも聴き取りを行ったけど、それぞれ証言を裏付けられたよ。和田君と佐川さんに関しては、ほぼ証言通りの時刻に校門から出るところが監視カメラにも映っていた。関係ないけど事件が多いからか、良い監視カメラに代わっていたね。画質が高くて驚いたよ」

 感心する十塚にアスマが冷ややかな目を向ける。

「つまり何もわかってないってことじゃないですか」

「そんなことないよ。犯人がスマホを持ち去ったというのは大きな情報だ」

 確かに、それは大きな情報ではあるが……。

「和田と佐川は自宅に帰っていたから処分は容易。蕨野はそれらしきものは持ってなかったけど、仮に犯人だとしてもトイレにいった五分間のうちにどこかに隠せたかもしれない。石田の持ち物はどうだったの?」

「彼女も被害者のスマホらしきものは持っていなかったよ。図書室から部室に戻る際のトイレの十分間でどうにでもできそうだけど」

 この事実にアスマがため息を吐いた。

「やっぱりなんにもわかってないじゃん……」


       ◇◆◇


 図書室には九人の関係者が集められていた。容疑者の四人、第一発見者のあたしとアスマ、容疑者以外で被害者を最後に見た図書委員の吉村、蕨野以外で容疑者たちを目撃した新聞部から代表で纐纈と陣内。全員手袋をして居心地悪そうに立っている。

 和田には初めてお目にかかった。和田は長身痩躯でロン毛というビジュアル面ではやや目立つ男だった。それでも纐纈の言葉通り、おとなしそうな雰囲気は確かにある。

 吉村の方は図書室を利用したときに何度か見たことがあった。小柄でショートカットのひ弱そうな女子だ。容疑者でもないのに一番びくびくしている。

 明月が高校生たちを見回し、

「では、これから現場の再現を始めたいと思う。行動全てを憶えているわけではないだろうが、できる限り思い出して動いてくれるとありがたい。忘れたからって疑ったりはしないから安心してほしい。物は動かさないように頼むよ。じゃあ、新聞部の二人には部室へいってもらって、吉村さんが図書室にきたところからスタートだ。桂川と嬢ちゃんは中にいろ」

 あたしたち以外の全員が廊下へ出ていった。しばらくすると扉が開き、吉村と彼女を観察するように明月が入ってきた。

 まず吉村がエアコンのもとへ向かい、窓際に置いてあった雑巾を手に取るジェスチャーをすすると、カウンターに置いてあった霧吹きを手に取る動作へと繋いだ。彼女は蕨野がくる直前、エアコンに被っていた埃を拭いたらしい。

 吉村は緊張の面持ちで水を吹きかける動きをして、機械に触れないようにエア雑巾をエアコン上部とボタンのある操作盤にじっくりとかけた。それは十数秒で終わり、

「暑いからエアコンは点けていいよ」

 明月に言われて吉村が電源を入れた。駆動音が鳴り、風を吐き出し始める。アスマが光に釣られる虫のようにふらふらとそちらへいこうとしたので止めた。

 それから明月が蕨野を呼び込んだ。図書委員二人は落とし物や出しっぱの本を探すべく図書室内を彷徨いた後、カウンターの中へ入り椅子に座る。吉村がおずおずと手を挙げ、

「こ、ここで、良雪さんが入ってきました」

「よし、桂川。お前が頼む」

 キャスティングにちょっと私怨を感じたが、まあいい。流石に死体があった場所に座るのは躊躇われたので、あたしは空気椅子を繰り出して漫画を読むポーズを取ると、すぐにもとの位置に戻った。和田の証言でも私は漫画を読んでいて動かなかったようだし、他の二人は見てすらいないらしいのだから問題ないだろう。

 大体証言通りのことが図書室にて繰り広げられる。石田がスキップしながら図書室から出ていき、その後すぐに蕨野がトイレのため図書室を出入りしたところで現場の再現は終了した。蕨野はこの先勉強以外のことを何もしていないらしい。時間までは再現しなかったので大体十分くらいで終わったか。

 新聞部の隣の空き教室に場所を移す。

「ねぇ、これ私たちいる意味あったのかな?」

「十分間部室で座ってただけなんですけど……」

 合流した纐纈と陣内が腑に落ちない表情で訴えてきたが、あたしが呼んだわけではないので知ったこっちゃない。

 あたしとアスマ、刑事二人は一同を空き教室に置いて再び図書室に集まる。現場再現にてあまり得るものがなかったので、流石に情報を共有した方がいいと考えたのだ。

 あたしは指を一本立て、

「とりあえず一人だけ犯人から除外できたから話しておくわ。本当は昨日の段階でわかっていたことなんだけれどね」

 軽い推理を三人に説明した。ささやかな議論を経て、三人はひとまずこれには納得してくれる。

「なるほどな。俺らももうちょい早く気づいてもよかったか」

「関心するのはいいから。残り三人を絞り込む案とかないかしら? 取っ掛かりが何もないのよ」

 肩をすくめながら言う。しかし刑事二人は腕を組んで唸り声を発するだけだった。あたしはこの二人のことを無能刑事とは思っていないが、こういうところは絶妙に頼りにならない。

「アスマは何かない?」

 ダメ元で訊いてみる。するとぼうっと天井を見つめていたアスマがゆっくりとこちらを向き、

「たぶんわかったよ、犯人」

「え?」

 あたしたち三人の声が重なった。アスマはなんてことなさそうな表情で、

「物事を合理的に考えるとこうなるというか……。昨日ほんのちょっとだけおかしいと思ってたんだけど、今日の一連の現場再現を見てやっぱり変だなあって。明月さん、エアコンの指紋って採取してないですよね?」

「あ、ああ。関係なさそうだったから鑑識員も取らなかったようだな」

「今すぐ設定温度を操作するボタンを調べてみてください。……あ、その前に石田さんに質問した方がいいかも」

 あたしと刑事二人は顔を見合わせることしかできなかった。アスマが何を言っているのか、さっぱり見当がつかない。

 アスマが石田を呼び出して一つだけ質問をすると、彼女は「うん」と思い出したように頷いた。あたしもそれでぴんときて、明月たちに鑑識作業を促す。

 近くで待機していたらしい鑑識員が現れてアスマの言う設定温度のボタンを調べていった。それなりの時間が経ってから出た鑑定の結果を明月たちが教えてくれた。

「嬢ちゃんの読み通り、設定温度を上げるボタンから蕨野結華の指紋が、下げるボタンから被害者の指紋がそれぞれ検出されたぞ」

 推理通りの事実にアスマは面倒くさそうにため息を吐き、

「やるしかないですよね……解決編」

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