容疑者たち
激辛カップ麺を二つ用意してお湯を注いでテーブルに乗せる。
「熱湯四分。事件の話でもしましょうか」
アスマはカップ麺の辛そうな真っ赤なパッケージに嫌な顔を浮かべたが、流石に反省したのか何も言ってはこなかった。
ちなみに激辛カップ麺をチョイスしたのは、辛いものが苦手な彼女への嫌がらせではなく、単にこれしかまともな食料がなかったからだ。本当は今日の帰りに買い出しにいくつもりだったのだが、まさかここまで遅くなるとは。
「アスマは事件についてどう考えてる?」
「どう、って言われても……。突発的な犯行かな、くらいだけど」
「それは、そうでしょうね」
犯行場所がいつ誰がくるかもわからない図書室。凶器を現地調達。本来二人いる図書委員のうち一人が早めに帰宅していた。さらに蕨野を除いた三人が犯人の場合、同じ空間内に人がいる状況で凶行に及んだことになる。とても計画性があったようには思えない。
「何か思いついたこととかない?」
漠然とした質問をする。アスマはやんわりと首を横に振った。
「特にないよ。そもそも私は閃きタイプだから、こういう細かい思考が必要になりそうな事案は苦手なんだよね」
確かに、アスマはトリックのような一発ネタを見抜く方が得意そうではあるか。それこそ以前の透明人間事件のような妙ちきりんな状況を読み解くのも上手い。
「動機はあたしたちには探りようがないし、せめて良雪の人となりでも調べましょうか」
「調べるって、どうやって……あ、纐纈さんか」
LINEを通話モードにして纐纈を呼び出して電話をかける。三コールで出た。
『もしもーし。良雪さんについて知りたいってことでオッケー?』
言葉のチョイスこそ普段と同じながらどこか疲労感のある声音だ。
「ええ。話が早くて助かるわ。……初めての事情聴取に疲れたようね」
『めっちゃ緊張した。蕨野さんが図書室を留守にした時間があったせいで、私たちもちょっと疑われちゃったし……。それにあの十塚って刑事さんかっこよかったし』
「あっそ。……そういえば、新聞部は雁首揃えて何をやっていたの?」
『校内新聞の締切に追われてたんだよ。締切直前はいつもあんな感じ。パソコン持ってない子多いから、殆どの部員が部室で作業するの。まあそのパソコンも新聞部の備品は一台だけで、あとはパソコン室で借りたものなんだけど……』
「別にスマホでもやれなくはないでしょう。利便性は劣るかもしれないけれど」
『わかってないなあ。パソコンでやった方が雰囲気が出るんだよ。みんなパソコンで記事書きたくて新聞部入ってるんだから。……かくいう私も、恥ずかしながらパソコン持ってないから、部室でしか作業できないんだよねぇ。あー、なんで四ツ高ってバイト禁止なんだろ』
「公立高校だからよ」
どこもバイト禁止のイメージはある。少なくともあたしが調べた限り、近所の公立高校はどこもバイト禁止だった。尤も、律儀に校則に従っているのは四ツ高生くらいのようだが。そういうところは真面目なのに、どうして殺人事件が起こってしまうのか。……雑談が過ぎたわね。
「あんた、学年違うのに良雪について知ってるの?」
『私の情報網を舐めてもらっちゃ困るなあ、桂川さん。まあ良雪さんと小中高と同じだった新聞部の後輩から聞いたんだけどさ』
時計とにらめっこしていたアスマがカップ麺の蓋を外した。辛いのは苦手でも空腹には勝てないらしい。あたしも彼女の真似をするようにカップ麺を手にした。
「どんな奴だったの?」
『あまり良い子ではなかったみたい。友達も普通にいるし、それなりに明るい子ではあったけど、人の失敗談を本人の目の前で平気で語ったり人の苦手にしていることをわかっていて押しつけてきたり』
「なるほど。つまり嫌な奴だった、と」
『桂川さんみたいにね』
その皮肉にアスマが吹き出す。
「あははっ……辛っ!」
『あ、遊間さんもいるんだ。……そんなわけで、良雪さんは大勢の人に好かれてる感じではなかったって感じかな』
「ずるるっ。容疑者……和田がどんな奴かは知ってる?」
『麺食べてる? ……学年一緒だし、それなりにはね。といっても、そんな目立つタイプじゃないおとなしい男の子、以上のことは知らないけど。でも桂川さんたちみたいに孤立してるわけではないかな』
反射的に喉の奥で呻いてしまう。
「余計なことは言わなくていいわよ。佐川については?」
『佐川さんは演劇部の看板女優。取材したことあるよ。容姿端麗で成績優秀、友達も多い羨ましい子だね。で、訊かれるだろうから石田さんのことも話すよ。あの子も料理研究会に取材したときに話したことあるんだ。明るくて優しい、どんなグループにいてもムードメーカーになれるコミュニティに一人はほしい子。蕨野さんのことはよく知らないけど、彼女とクラスメイトだった子曰く、クールで真面目で知的な美人図書委員さんだってさ』
先日、柘植が語っていたことを思い出す。
「蕨野も佐川と同じで演劇部なのよね?」
『あ、そうそう。あんなに美人なのに役者じゃなくて脚本書いてるって。結構前に美織ちゃんが取材したんだった。本人曰く、演技が苦手なんだってさ。自分の書いた脚本通りに友達の佐川さんが動くのが面白いからとも言ってたみたい。冗談めかしてだけどね』
確かに、仲の良い奴を自分の意のままに動かせるというのは何となく楽しそうだを
すると、一緒に要求してきたので与えてやった白飯を麺と一緒に口に含みながら、アスマが瞳を輝かせた。
「佐川さんと、蕨野さん……怪しいね」
『お、どうしてどうして?』
纐纈が興味深そうに訊いてくるけれど、経験上わかる。絶対まともな推理ではない。
「殺し屋でもない普通の高校生が人一人殺して平静でいられるわけありませんから。それを演技でカバーできる佐川さんか、誰も人と会わない期間が長かった蕨野さんが怪しいってわけです」
思ったよりかはまともな推理だった。とはいえ、そう決めつけられるものでもないが。
結局、役立ちそうな情報はなさそうだった。纐纈に礼を言って通話を切り、本格的にカップ麺を啜り始める。二人で食べ終わる頃には、傘なしでも歩けるくらいに雨が小降りになっていた。
アスマがあたしのジャージを着たまま帰った後、暗い窓の外を見つめながらあたしは思う。……別にもっと降っていても、よかったのだけど。
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