怪しい動向

「ミノはわかんないよ〜って嘆きながら尻尾巻いて帰っちゃった」

 仕方がないので私はミノの指示に従って、体育館裏で不良のようにたむろしていた園芸部員のもとへと戻ってきた。

 夏目さんががっくりと肩を落とす。

「流石に無茶だったかな……。変なこと頼んじゃって、申し訳ないわ」

「ミノへの謝罪なんて言葉の無駄遣いだからなくても大丈夫だよ」

 そして部員たちはそれぞれに向き直った。どうしよう、という沈黙の後、部長の仙洞田さんが嘆息し、

「やっぱり、先生に報告した方がいいよね……。遊間さんたちがいない間にそういう話にはなったんだけど」

「もう五時半になっちゃったので、怒られるかもしれませんけどね」

 夏目さんが苦笑しながら言った。すると悪子さんが、

「予想だにしていなかった事態だし、疑われるのが怖くて話し合っていたら遅くなったとでも言えば納得してくれるでしょ」

 と、いうことで職員室へいくことになっちゃいました。このタイミングで帰ったら、恐らく待ち構えているであろうミノにギッタギタにされてしまうので、指示通り流れに従って動くことにした。

 残っていた少ない教員の中に教頭先生がいたので、仙洞田さんが体育館裏の花壇に麻があったことを伝える。私たちがぞろぞろと現れたときは早く帰りなさいと叱ってきたけれど、そんな報告をされてしまっては驚かないわけにはいかなかったようで、現物を見せるよう迫ってきた。

 花壇に凛然と佇む麻を何人かの先生とともに確認した教頭先生はすぐさま保健所に連絡を入れ、私たちは職員さんに事情を説明するために残ることになった。

 いや私は残る必要がまったくないんだけども、ミノに命令されちゃってるし、それに家に帰ってもお母さんがうるさいから別にいっかと考えたのだ。今日の私が比較的おとなしくミノに従っていたのもそれが理由です。だからといっていつまでも学校に留まっていたくはないんだけども。

 そして訪れた保健所職員さんに園芸部の面々は事情を説明する。他にも麻があることを告げた方がいいのだろうかと私は思ったけれど、ミノには流れに身を任せろと言われている。それを自分からは何もしなくていいということだと受け取って、成り行きを見守っていた。すると、田口さんがおずおずと手を挙げ、

「じ、実は、さっき部長からこれが麻だと聞いたときから、もしかしたらと思ってたんですけど……。これと似た植物を、他の場所でも見たような気がします」

 などと、衝撃のカミングアウトをした。当然、保健所職員さんやその場にいた教職員、園芸部のみんなも驚愕の表情を浮かべる。

 私のみ、おや? と心の中で首を捻っていた。

 田口さんがみんなを案内したのは裏庭だった。そして、私とミノが真っ先に見つけた麻を全員に見せつける。

「前に学校をふらついていたときに、見たことがない草だなあ……とは思ってたんです。まさかこれが麻だったなんて知らなくて……」

「もしかしたら、他にもあるかもしれませんね」

 保健所職員さんが顎に手を添えながら呟いた。その場にいた教頭先生と他二人の教員の顔が青くなる。

 悪子さんが拳を固く握りしめた。

「じゃあ、みんなで探しましょう!」

 まさかの発言に呆気に取られる教師陣。それに仙洞田さんも続き、

「私たちも手伝います! 私たち園芸部がちゃんと花壇を管理していたら、もっと早く気づけたかもしれません」

「いやいや、君たちは帰って勉強をしないと」

 教頭先生が至極尤もなことを言う。しかし、園芸部は譲らない。悪子さんが一歩前に出た。

「こんなもやもやした気持ちで勉強なんてできませんよ! 変に疑われるかもしれないし……」

「疑ったりなんかしないさ」

 宥める教頭先生だが、田口さんが俯きがちに意見する。

「わ、私たちは、誰かから花壇に麻を植えられるという攻撃を受けたんです。き、気にはなってしまいます」

「わた──っ!」

 夏目さんが続いて口を開きかけたので、私はとりあえず彼女の口を押さえておいた。……この妙な流れから、何となくミノの推理が理解できてきたのだ。なかなかに飛躍した考えではあるものの、このきな臭い状況に合致する。

 教頭先生は困ったように腕を組んだ。すると仙洞田さんが胸の前でぐっと両拳を作る。

「大丈夫です! 他にも麻があったとしても、きっと目立つ場所には植わっていないはずです。他の先生方にも協力してもらって人通りの少ないところを大勢で探せば、すぐに終わると思います!」

 これ以上は余計に時間がかかると判断したのだろう。教頭先生は諦めたようにため息を吐いた。

「わかりました。みんなで探してみましょう。神谷先生、残っている先生方に通達を」

 女子高生と不埒な関係を持っている神谷先生は聖職者面して頷くと、職員室のある本棟へと走っていった。

 ……ふむ。麻の謎については何となくわかったし、ミノの言葉に従うならばこれはもう帰っていいはず。私は夏目さんの口から手を離すと、彼女の腕を掴んだ。

「私たちは知り合いとお勉強する約束があるので帰ります。ね、夏目さん?」

 とりあえず彼女は連れて帰った方がよさそうだ。

「えっ? いや、私も──」

「まあまあ。いいじゃないいいじゃない」

 先生たちに会釈をしながら夏目さんを引っ張っていく。校門が閉まっていたので駐車場の方から学校の外に出た。

「ちょっと、遊間さん。どういうことなの?」

 夏目さんはただただ困惑しながら尋ねてくるけれど、説明が面倒なので無視する。どうせどこかにミノがいるでしょと、学校前の坂に続く道を下っていると案の定ミノと佐渡原先生が立っていた。

 ミノは意地の悪い笑みを浮かべ、

「夏目を連れてきたってことは、あたしの読み通りってことかしら」

「たぶんだけどね」

 私は小さく肩をすくめると、仕方なしに今し方起こったことを報告するのだった。

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