考察の時間

 なんだか麻よりもよっぽど問題になりそうな光景を目撃してしまったけれど、今の私たちが考えるべきことではない。正直、麻についても考える気はさらさらないのだけど、それでも知恵を小出しにしていかなくてはミノが学校から出してくれそうもない。

 彼女はかなり強引ではあるが鬼ではないので、勉強したい、と言えば帰してはくれただろう。しかしつい先ほど勉強などしないと豪語してしまったものだから、そういうわけにもいかない。私のおバカ! ……尤も、今日は別にいいんだけどね。

 私たちは教師がこないであろう裏庭に移動していた。ミノが校舎に背中を預けて腕を組み、訊いてくる。

「アスマはぶっちゃけ、誰が怪しいと思ってる?」

 容疑者は全学校関係者という超難題である。けど、一応考えていることはあった。

「園芸部の誰かかなとは思ってるけど」

「同感よ。あたしたちが見つけた四本以外の他にも麻があって、その場所によっては変わるかもしれないけれどね」

 その言葉的に、どうやら考えていることは一緒らしい。私とミノが麻を見つけたのは、裏庭の木の陰にある植え込みの裏、立入禁止の焼却炉、駐車場の隅にある植え込みの裏と、どれも目立たない場所である。体育館裏の花壇も目立たないのだけど、唯一、。使ってはいなくとも園芸部が管理しているものなので、彼女らの誰かが思い出したように「ちょっと様子を見にいこう」と言うだけで、簡単に麻を発見することができる。他は偶然見つけるというシチュエーションを展開するには場所が巧妙すぎる。これらの引っ掛かりが園芸部に疑念を抱かせているのだ。あるいは、

「犯人が園芸部に麻を発見してもらいたかったって可能性もなくはないよね」

「それなら今もあいつらが使ってる花壇に植えればいいじゃない」

「それだと他の誰かに発見されちゃう可能性が高くなるし」

「じゃあ花壇以外の場所にも植えた理由は?」

 私はわからないことには素直に首を傾げる。

「さあ? でも誰が犯人にせよのは間違いないんじゃない?」

 ミノは一考すると頷き、

「……そうね。あれが園芸部の管理している花壇である以上、誰が麻を発見してもあいつらに話くらいはいく。でもただ巻き込むだけなら使用してる花壇に植えてもいいわけだから、やっぱりなのかもしれないわ。犯人が園芸部員でも、そうでなくてもね」

 そう考えると、部内から人の動きをコントロールできる部員がやっぱり一番怪しいなと思う。しかし、どうしてそこまでして彼女たちに麻を発見させたいのかはてんでわからないけど。

 ミノは腕を組んだまま目を瞑る。

「ちょっとまとめてみるわよ。解くべき最大の謎は、誰が何のために麻を植えたのか。少なくとも悪戯ではなさそうで、園芸部を巻き込むことを想定している。それから失敗することも想定済のはず……」

 テキトーにうんうんと頷いておいた。ミノが続ける。

「気になることその一。犯人が最低限目立たないようにしながらも、麻を何本も植えている理由」

「あれ? それは別に失敗してもいいから、って理由じゃないの?」

「それだと失敗したくて麻を何本も植えたことになるじゃない。犯人は目的があったから麻をあちこちに植えたのよ。その結果見つかるリスクが増えたけどそれも仕方なし、ということね」

「なるほど。……その二は?」

「学校というシチュエーションは関係しているのか否か。学校以外でもできたけどあえて学校を選んだのか、学校でしか駄目な事情があったのか。結構、重要なポイントになりそうよね」

「うーん……。答えにはならないけど、犯人があえて学校を選んだとしたらその理由はわかるかも」

 何となく思ったことを呟くと、ミノが興味深そうに眉根を上げた。

「今日はやけに意見を言うじゃない。……その心は?」

「暇だからね。……外は不特定多数の人の目に晒されるけど、学校の中なら大半は生徒の目だからだよ。草花の知識がある園芸部や博識なミノさんはともかくてして、麻なんて普通の高校生は見たことないだろうし、置いておくには最適じゃない? 教員はアクティブには動き回らないし。もちろん、学校じゃなきゃ駄目な理由があった可能性は全然否定できないけど」

「なるほど、一理あるわね。ただ、あたしは学校でなければいけなかった方を推すわ」

「どうして?」

 なんか、私たちにしては珍しいくらい白熱したディスカッションですな。

「四ツ高は悪いことに警察の出入りも多いからよ。事件が起こったり、その後始末だったりでね。奴らはアクティブに動き回るわ」

 確かにこの学校の関係者ならば、ここ一年で警察が何度も訪れていることは否が応でも印象に残っているだろう。つまり犯人は警察の目も考慮に入れた上で、それでも学校に麻を植えたとミノは考えているわけか。教師や高校生ならいざ知らず、警察の目となると話は変わってきそう。ミノの推理が合ってる気がする。

「そして気になることその三。麻をわざわざ種か、少なくとも若い芽うちから学校で育てていたのは何故か。途中までは別の場所で育てて、計画遂行のタイミングで学校に移せばいいのにそれをした形跡はない。手間がかかるからと言われたらそれまでだけれどね」

 手間がかかるからだと思います。

 ミノは色々と語っているけれど、だからって真相に近づけている気はしない。私は既に思考を放棄しかけているから、何かわかるはずもないんだけどね。

 何となく空を見上げた。雲はあるけれど青空も顔を覗かせている。そういえば六月なのに今年はあんまり雨降らないなあ。これも地球温暖化の影響なのかな。知らないけど。

「推理のとっかかりになりそうなのは、麻が発見されると何が起こるか、なのよね」

 地球の将来を憂いているとミノが現実に引き戻してくる。私は視線を彼女に戻し、

「それって、保健所に連絡を入れること?」

「ええ。敷地内で麻が発見されるという不祥事を学校が隠蔽しない限り、確実に起き得る事象はそのくらいでしょうね」

 もっと話が読めなくなって、首を傾げてしまう。

「犯人は保健所の職員さんを呼び込みたいってこと? あ、もしかして麻担当の職員さんが超イケメンという情報を知って呼び込もうとしたとか?」

「それなら普段使ってる花壇に植えておけばいいわ。園芸部が管理してるんだから、見つけたのが誰でも話くらい訊きにくるでしょう。何本も麻を植える理由にもならない」

 自分で言ったことだけど、これなら理由をつけて直接保健所にいった方が手っ取り早そうだ。

「じゃあ保健所職員さんを呼んで何するっていうのさ」

「それがわかれば全部わかったも同然なのよ」

 それはそう。……保健所の職員さんが学校にくると……どうなるんだろう。とりあえず四ツ高の評判が下がるとは思うけど。いや、これ以上下がりようはないのかな? どっちでもいいか。

「保健所……外部の人間……麻……大麻……学校……大問題……緊急事態……。緊急事態……?」

 ぶつぶつ呟いていたミノが何かに気づいたかのように目を細めた。そのとき、

「お前らまだ帰ってなかったのか」

 聞き馴染みのある声が聞こえてきたのでミノと同時に振り向くと、佐渡原先生が驚いたような表情で立っていた。

「もう五時半だぞ。帰る前にウサギに餌やりをしようと思ったら話し声が聞こえてきて、これだ。ったく、何やってんだよ」

 どう答えたものかと逡巡する。まあこういうのはミノさんの口八丁と屁理屈に任せるのが吉だ。

 しかし、そのミノは何やらじっと佐渡原先生に鋭い目を向けている。流石の佐渡原先生も、ただでさえ目つきの悪い彼女からそんなに睨まれたらたじろいでしまう。

「俺の顔に何かついてんのか?」

 ミノは返事をせず、ただ地面に小さく息を吐いた。何か、呆れ果てているような……。

「なくはない、か……」

「何がだよ」

「何かわかったの?」

「一つ、思いついたことがあるわ。確証なんてないけれど、これまでの状況には合致する推理よ。正しいかどうか見極めたい」

「だから何が?」

 困惑する佐渡原先生を無視してミノが真っ直ぐこちらを見てくる。

「アスマは体育館裏に戻って何もわからなかったと報告しなさい。あたしは帰ったことにして。それからは流れに身を任せて動きなさい。あたしの推理通りならたぶんあんたもどういうことか途中で気づくから、そしたら帰っていいわよ」

「はあ……。よくわかんないけど自分でやれば?」

「あたしは佐渡原に事情を説明するから」

「いや、よくわからんが俺は帰りたいんだけど」

「じゃあ、始めるわよ」

 生物部の女王に私たちの声など届くわけがなかった。

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