赤柴くん登場

 あてもなく歩いているだろうミノに引っ付いて、二人して学校中をうろうろしていると、本棟一階の廊下にて明月さんと十塚さんと遭遇した。失礼なことに、二人とも私たちの姿を見て「げっ」と声を上げる。

「帰るつもり……ってわけじゃなさそうだな」

「あんたたちを探していたのよ」

 肩をすくめる明月さんにミノが言った。……あ、何となく歩いてたわけじゃなかったんだ。

「赤柴のことで何かわかったことはあるかしら?」

「今から話を訊くところだよ」

「おい」

 明月さんにどやされた十塚さんが反射的に自分の口を押さえた。ミノがにやりと笑う。

「なるほど。じゃああんたたちに引っ付いていけばいいってわけね」

「なんにもよくねえが。……けど、どうせほっといても赤柴剛に話を訊きにいくんだろうな」

 何だかんだで私たちに甘い──これまでも事件を解決してきた実績のおかげで──明月さんは、勝手にしろとばかりに歩き出した。十塚さんが続き、ミノも付いていく。私もミノに引きずられることになった。

 職員室の隣にある応接室に入る。応接室は床がカーペット仕様になっていて、置いてある黒いソファも背の低いテーブルも高級感があり、全体的に品の良い部屋に感じた。

 ソファにどっしりと縦にも横にも大きな男子生徒が座っていた。学ランがパツパツだ。彼は明月さんたちが入ってくると、立ち上がって頭を下げた。

「赤柴剛です」

「県警の明月です」

「同じく十塚です」

 赤柴くんは謎の女子高生二人を一瞬だけ訝しそうに見つめたが、明月さんと十塚さんがテーブルを挟んだ正面のソファに座ると表情に緊張を滲ませた。私とミノは扉の前で待機する。

「君にきてもらったのは他でもない、先ほど阿久津理香さんが中庭にて何者かに殺害されたからだ。話を聞くところによると、君は彼女に彼氏がいるのを把握したうえで執拗に言い寄っていたらしいね」

「はい……。でも俺じゃないっす! 俺が理香を傷つけるわけがないんです! 東山ならまだしも……」

 それは確かにと思う。好きな人を殺すより、その彼氏を標的にするのが自然かも。

「君は四時二十分頃、どこで何をしていたんだい?」

 十塚さんがメモ帳片手に尋ねる。

「寺丘公園っていう、四ツ高から南に上がったところにある寂れた公園にいました。誰にも合ってないし、見てもいません。でも校門を通って外ヘ出たので監視カメラには映っているはずです」

 この学校には駐車場の出入り口と校門、裏門に監視カメラが設置されているのです。尤も、

「監視カメラに映らないで学校に入ることもできるので、あまり意味ないかもしれないっすけど……」

 本人も自覚している通り、フェンスを超えたり土手を上り下りするなど、監視カメラに映らず校内を出入りする方法はいくつかある。

「なんでそんな辺鄙なところにいたのよ」

 ミノが我慢できずという調子でつっこんだ。赤柴くんが驚いたようにちらりと視線にこちらをやる。

 明月さんがミノを睨みながら、

「答えてくれていいよ」

「は、はい。俺はそこで待ち合わせをしていたんです。って奴と」

「X?」

 明月さんから困惑の声が漏れた。私とミノも顔を見合わせて首を傾げてしまう。

「一週間くらい前、俺の下駄箱にパソコンで書かれた手紙が入っていたんです。そこには協力して東山と理香を別れさせないかという提案が記されていました」

 何だか話が変な方向に向かっている気がする。この場にいる赤柴くん以外のみんながぽかんとなっていた。

「Xは俺とは反対で東山に気があったらしくて、理香のことが邪魔だったみたいです。お互い、二人を別れさせてフリーにしたい……利害は一致していました。そこから文通を始めたんです。Xは俺の下駄箱に手紙を入れ、俺は図書室の辞典の一つに手紙を挟む手はずに決めた。俺を信頼できるまで素性を明かしたくないとかって言ってました。そして今日、『二人を別れさせるための秘策について相談があるから、四時から四時半までの間に寺丘公園で落ち合おう』という手紙をもらっていたんです。結局、誰もきませんでしたけど」

「その手紙はどうしたんだい?」

「手紙は全部シュレッダーにかけて処分しました。そう指示されていたので……。でも、パソコン室にあるシュレッダーを頻繁に使っていたので、パソコン部の連中が絶対見てると思います」

 うーん……そんなところを見ててもなあ。けど警察的には調べないわけにもいかないようで、十塚さんがメモ帳を明月さんに預けて応接室を出ていった。

 赤柴くんはテーブルに視線を落とし、悔しげに拳を固く握り締めている。そんな彼にミノが声をかけた。

「あんたはどうしてXの手紙を信じたわけ? 怪しさ満点じゃない」

「Xのガチ感が伝わったからだよ。本気で二人を別れさせたいってな。理香が工業高の男子と二股かけているって情報まで掴んでいたらしいからよ……。でも理香の本命は東山らしいし、当の東山なら許しかねないからこれをバラしても決定打にならないとも言っていた」

「なに、二股? それは本当かい?」

 どうやら警察はその事実を掴んでいなかったらしい。纐纈さんの情報網って、案外凄いのかもしれない。

「そうだ……東山だよ。東山本人はたぶん自分が本命ってこと知らなかったんだ。二股をかけられている事実を知って、逆上して理香を……許せねえ。俺なら何股かけられても理香を愛したのに……!」

 それはそれでどうなのかなと思う。しばらくして十塚さんが戻ってきた。赤柴くんが頻繁にシュレッダーを利用しているところを、パソコン部員たちが目撃していたというのは本当だったらしい。

 二人はまだ事情聴取を続けていたけれど、目ぼしい情報がなさそうと思ったのか、はたまた既に欲しい情報を得たからか、ミノが退室したので私もそれに続いた。

 そして廊下へ出てミノが開口一番、

「どう思った?」

「嘘だとしたらあまりにも嘘っぽすぎる気がしたかな。そもそも赤柴くんが犯人なら本当に透明人間にならなきゃ犯行は無理そうだし」

 あの体格で東山くんの視界に入らないというのはちょっと考えられない。

「そうなのよね。しかも透明人間ならアリバイを用意できると思うのよ。出入り口に監視カメラが設置されている店に入った後、透明になって外に出て阿久津を殺害する。透明のまま店に戻って、透明を解除して監視カメラに映る。こんな具合にね」

「何を真面目に考察してるのさ。……どうでもいいけど、透明人間って自動ドアのセンサーに反応するのかな? ほら、監視カメラがある店なんて大体自動ドアじゃん」

「さあ。透明化のメカニズムにもよるんじゃない?」

 流石のミノもそこの考察はしなかった。透明人間なんてあってたまるもんですかい、って話ですよ。

「そんな奇論を抜きに考えると、赤柴が取れそうな手段は投擲くらいかしらね。こっちも大概馬鹿馬鹿しいけれど」

「包丁を投げて理香さんに刺したってこと? いいじゃん」

「包丁が刺さったのは喉の左側だったから、南棟から投げたことになるわよ。阿久津が倒れていたのは本棟の近く。一番高さが近い一階から投げたとしても十五メートルくらいの距離があるわ。的の小さい首に命中するとは思えない」

「理香さんが後ろを向いていたり、本棟の方に身体を向けていたら、本棟から投げた包丁があそこに刺さることもあるんじゃない? そっちのが距離も近いし。何なら、目の前の資料倉庫室からなら投げずに直接刺せそう」

「じゃあ職員室に聞き込みにいきましょうか。現場近くの一階の部屋は、資料倉庫室、職員用印刷室、生徒指導室。常に施錠されているわ。鍵を借りた奴がいればすぐわかるはずよ」

 聞き込みをしました。誰も鍵を持っていったりしなかったようです。ついでに先生たちも何も目撃してはいなかった。職員室があるのは本棟北側──北棟の向かい付近なので仕方ないね。

「一階からが無理なら、上階から包丁を落としたってことかな。二、三年生の教室なら自由に出入りできるし。放課後とはいえ人の出入りがちょっと怖いけど」

「上からじゃ包丁が喉に刺さらないでしょう」

 ミノから冷静な反論が飛ぶ。私は思考停止しながら、

「理香さんが上を向いていたんだよ」

「阿久津が身体を本棟に向けていて、おまけに顔を上げていて、そのタイミングで包丁が落とされて、的の小さい喉に突き刺さったっていうの? あり得ないわよ」

「そうは言ってもさ、ミノさん。宇宙ができてから地球という命豊かな惑星が生まれる可能性と比べたら、どっちがあり得ると思う?」

 この屁理屈にミノは露骨に顔をしかめた。

「そりゃあ地球が爆誕するよりかは可能性高いでしょうけども……。でも悠久の時間があった地球の誕生と、一瞬の出来事である投擲殺人を比較するのは無理があるわ」

「そんなガチ反論しなくていいよ」

 私だって、別に真面目にそんなこと考えてるわけじゃないし。そもそも真面目に事件と向き合ってないもん。

 そんな私の気持ちをおそらく理解しているであろうミノが、お構いなしに指を一本立ててくる。

「そもそも、よ。赤柴は校門を抜けて外にいたと証言しているわよね。本人も言ってたけど、監視カメラに映らずに校内に入ることができるからそれ自体はアリバイにはならないわ。どうせアリバイがないなら、、と言えばいいじゃない。赤柴の証言の場合、校内で姿が目撃されていたら嘘が露呈して立場が悪くなる」

「顔を隠してたんでしょ」

「あの体格で顔を隠してる男がいたら、怪しすぎてとっくに警察に目撃情報がいってるわよ。奴が犯人なら絶対に姿を見られないという確信がなければ、あの証言はしないでしょうね」

「例えば、透明になれる……とか?」

 この冗談にミノは反応しなかった。何事においても、絶対という確信を持つことは難しい。しかも今回の場合、誰かに見られていなくてもどうせアリバイはないのだから、まるっきり意味のない自信ということになる。そんなことをする意味はないかも。

「でもさ、それってアリバイを確認されることが明らかな赤柴くんが犯人の場合だよね。まず捜査線上に浮かばない人が犯人なら、上階からの投擲の可能性は捨てきれないんじゃない?」

「むしろそれが一番ないのよ。赤柴が犯人じゃないなら、あいつの証言は事実として考えられるわ。Xは明らかに赤柴からアリバイをなくすために行動をしている。あいつが手紙を貰ったのは一週間前。そんなに前から犯行を計画していたにも関わらず、大事な殺害方法が確実性に欠ける投擲なんてお粗末極まりない」

 その説明には納得したので反論はしなかった。けど代わりに新たな疑問が浮かんできて、つい眉をひそめてしまう。

「それってさ、なんかおかしくない? 犯人は透明人間殺人という空前絶後のトリックを成功させたわけだけど、それで疑われたのは一番近くにいた東山くんだよね。

 やっていることがチグハグで、行動の意図がまるで読めない。犯人は多重人格者なのかもしれないね。透明人間にして多重人格者……これで一本映画撮ろう。

 ミノが厳かに腕を組んだ。

「それらの不自然さが全てトリックの布石だとしたら……」

「だとしたら?」

「凝りすぎて素敵よね」

 暇すぎて素敵だよ。

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