脳内の豆電球が割れるとき
文芸部の部室に戻ると、知らない女子生徒が一人増えていた。
「文芸部部長の
彼女はそう名乗った。林藤さんが増えた代わりに東山くんの姿がなくなっている。どうやら明月さんたちに呼び出され、席を外しているらしい。
「東山がいないのは丁度いいかもしれないわね。本人の前じゃ言いにくいこともあるでしょうし」
ミノがどかっと椅子に腰を下ろしながら言った。当たり前というか、林藤さんと松相くんはその言葉を警戒して身構える。
「今日の東山の様子を教えてほしいのよ。クラスメイトだから教室でのことは大体把握できてるけど、朝とか昼休みのこととかをね」
「あなた、
誰それ……。あ、もしかして東山くんの下の名前?
「あいつが理香を……殺そうとするわけないわ」
「それを証明するために調べているのよ。協力しなさい」
がっつり疑ってるくせに……。物は言いようだなあ。
しかしちょろいことに、林藤さんはそんな言い方一つで納得してしまった。
「わかったわ……。でも朝のことはよく知らない。登校する時間が違ったから。翔吾は?」
「僕も、全然知りません。一年生なので、そもそも昇降口からして違いますから……」
「昼休みは私たちと、健一、理香の四人で部室でお昼ご飯を食べたわ。昼休みになってすぐ、二年生三人揃って部室まできた。……あ、健一の朝の行動で一つだけわかってることがある」
「それは?」
「部室の鍵を職員室で借りたことよ。放課後、一番早く部室に着くの、あいつだから。遊間さんならわかると思うけど、B組の担任ってホームルーム長いでしょ?」
「あ、うん。そだね」
クラスメイトでらっしゃいましたか。もしかしてカラオケいってた?
「なら、今日の阿久津は災難だったわね。盗難騒動であたしたちのクラスの全員遅くなったから、部室になかなか入れなくて」
それよりも殺されちゃったことが災難だと思います。
「いえ、五限後の休み時間に健一から鍵を借りていたから、そうでもなかったはずよ。昼休みに愛用してる巾着袋を部室に置き忘れたとかで。まあ、そんなところでツイていても、意味ないんだけれどね……」
林藤さんは目を伏せて悔しげに呟いた。一方のミノは納得したように頷き、
「そういえば東山の奴、休み時間で誰かに呼び出されて一瞬だけ廊下に出てたわね。あれは阿久津だった、と。それ以外の休み時間では、何回かトイレにいった程度だった。時間もそうかかっていない」
「仲が良くもないクラスメイトの動向をよくそこまで憶えてるね、ミノ。大分キモいよ」
「伊達に人間観察を趣味にしていないわ」
人の醜聞を集めることとと人間観察が趣味の女子高生……。文字にしてみると救いようがない。
「昼休みはここで何をしていたの?」
「ご飯を食べて雑談。東山どころか、授業開始直前まで誰も部屋から出なかったわ」
「僕なんて遅刻しちゃいましたよ……。教室が遠いので」
口を挟んだ松相くんが凄くどうでもいいことを言う。
ミノは腕を組んで窓の外に目を向けながら、
「一応、盗難騒動のとき持ち物チェックが入ったから、放課後の時点では包丁を持っていないことは確定しているのよね」
「その言い方、やっぱり疑ってない?」
林藤さんは眉根を寄せてミノを睨んだ。当のミノはそれに気づいてもいなさそうだけど。
大して思考を凝らしていたわけではないけれど、何だか頭が疲れてきてしまった。私は椅子から立ち上がって、外の空気でも吸おうと窓辺へ向かう。
「おっと」
ぼうっとしていたせいで窓の下に置いてあったゴミ箱にぶつかってしまった。……ん? ゴミ箱をじっと見下ろす。金属製ゆえに重量こそあるけれど、物足りない重みがした。その隣には主に菓子類の袋が入ったゴミ袋……。ゴミ箱のスイング式の蓋から覗いてみるとやはり中は空だった。
頭の中で豆電球がピカーンと光ってしまった。……身を翻して椅子に戻ろうとしたところ、脚を組んで不遜に座っているミノと目が合う。彼女はにやりと笑い、
「何か気づいたみたいね」
「いやー……まあ、どうなんだろう……?」
はあ……。調べないわけにはいかないよね。
私はゴミ箱に入っていた空のゴミ袋と隣にあるゴミ入りのゴミ袋を取り替えてみた。文芸部の二人からは怪訝な目を向けられたけれど、それもやむなし。
空だったゴミ箱に、主に菓子類の袋から構成されるゴミが再び収められた。ゴミの嵩は大体、ゴミ箱の縁から十センチくらい下……ってところかな。それなりに背の高い方である私の膝上まである大きなゴミ箱だから、かなりのゴミ量だと思う。それでも……ふむ。
私は文芸部員の二人に目を向ける。
「このゴミ袋は誰がいつ替えたの?」
「昼休みのときはそうなってなかったのでそれ以降に、阿久津先輩か東山先輩が替えたと思います」
ふむふむ。松相くんの返答に私は何度か頷いた。脳内豆電球が煌めきすぎて熱でガラスが破裂する。
「あー……繋がっちゃったー」
うんざりして呟くと、ミノが顎に手を添えてゴミ箱をじっと見つめた。すぐにはっと顔を上げる。
「なるほど……。悩んでいたのが馬鹿らしいくらい、単純極まりないトリックね」
自嘲するようにミノは肩をすくめた。そして私の手を掴み、
「そうと決まれば、明月たちに伝えるわよ。現場で証拠を探さないと」
小さい体躯からは考えられないパワーで引っ張られる。やーん。
明月さんたちに推理を伝えたところ、捜査員を動員して証拠探しをしてくれた。それは割とあっさり見つかって、私の推理は証明されてしまった。
……説明するの、面倒くさいなあ。
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