新聞部の情報屋
短い着信音が鳴った。ミノがポケットからスマホを取り出して画面を確認すると、
「いくわよ、アスマ」
腕を掴まれて強引に引っ張られていく。うわー。
廊下に出ると制服姿の警察官と目が合ったけれど、向こうは何も言ってこず、ミノも気にすることなくどこかへと足を進めていく。いく場所はどこかは知らないけど、何をしにいくのかは私にもわかる。
「あんたの知らない、気になることを共有しておくわね」
突然、ミノがそんなことを呟いた。私は引っ張られるまま拝聴することになる。
「あたし、阿久津の傷口を押さえていたじゃない? そのとき、傷口の形が妙だったのよ」
「妙?」
「傷口が横向きだった。わかりやすく言うと、包丁の刃を下に向けて刺したんじゃなくて、刃を左右いずれかに向けた状態で刺したってこと」
「それって何か変なの? イメージ的には刃を下にして刺すことが多いけどさ」
「でしょう? 犯人は胴体じゃなくて的の小さい首、喉を狙っている。喉を刺すには刃を横向きにした方が狙いやすいからそうしたと思うのだけど、そもそもあんなデカい包丁で普通首なんて狙うかしら」
うーん……妙と言われれば妙だけど、気にしすぎと言えば気にしすぎかな。
そんなこんなで辿り着いたのは本棟二階の女子トイレだった。中に入ると、個室の壁に背中を預ける眼鏡をかけたショートカットで背の高い女子生徒の姿がある。
「お、きたね。桂川さん、遊間さん」
「毎度仕事が早いわね、
「新聞部ですから。二人もまぁた事件に巻き込まれちゃって……」
若干の哀れみと羨望がこもった口調だった。彼女は三年生で新聞部部長の纐纈……なんだっけ下の名前? まあ纐纈さんである。事情通にして人脈も広く、学校の噂話にも詳しい。
ミノは何か事件が起こる度に、彼女に情報収集をしてもらっているのだ。ジャーナリストになるのが夢という纐纈さんもウキウキで仕事をこなしている。たぶん、警察を待っている間にミノが依頼をしていたのだろう。
「それで、阿久津理香がどんな奴だったのかはわかった?」
「ある程度はね。ちょっと興味深い情報もあるよ。ジャブ的なものとしては、文芸部に所属する二年B組の女の子」
クラスメイトじゃん。ミノがちょっと睨んできた。
「家は学校の近所だから学区的には二中出身かな」
同中じゃん。ミノがまた睨んできた。……クラスメイトのことなんて知りませんってば。
「性格は真面目で人当たりもよくて、友達も多かったみたい。同じ文芸部の東山くんとは一年の頃から交際してたって。……でも──」
纐纈さんは誰もいないのに意味もなく声をひそめた。
「実は工業高校の男子とも付き合ってたらしいよ」
「なんでそんなことまで知ってるのよ。怖いというかキモいわね」
「自分から頼んでおいて相も変わらず失礼だね。……前に新聞部の後輩がその工業生から聞いたんだって。もちろん私以外の誰にも話してはいないみたいだけど」
「それを東山くんが知っていたのなら動機になり得ますな」
テキトーに言ってみた。学生の恋愛沙汰が殺人事件に発展というのも、まあなくはないだろう。それこそ私が生まれた年にもこの町でそんな事件が起こったと母親が言っていた。
纐纈さんが呆れ混じりに笑った。
「亡くなった人のこういうのは、桂川さん的にはありなの?」
「ええ。何度も言ってるけど、脅しに使うわけじゃないもの」
「お、ミノの醜聞コレクションがまた増えたね」
説明しよう! ミノは同じ学校に通う人々の世間的に後ろ暗いとされる行為、つまり醜聞を集めているのである! 脅しに使ったり悪評をばら撒いたりするわけでもなく、他人の醜聞をスマホのメモアプリに書き連ねて満足するというただただ性格が悪い趣味だ!
「人聞きの悪いこと言わないで。あたしは研究のために他人の醜聞を集めているだけだから」
全然意味わからないけど。
「纐纈。赤柴剛って二年生については何か知ってる?」
今さらだけどミノは上級生にも基本タメ口だ。
「ウエイトリフティング部の子だね。身体が大きくて強面だけど、あれで意外と女の子にモテるみたい。でも本人は阿久津さんに言い寄っていたらしいけどね。まるで相手にされてなかったって話だけど」
赤柴くんとやらは、どうやら実在する人物だったらしい。
ミノは腕を組んで何事か思案し始める。そして、
「この事件も、犯人はおそらく青春破綻者なんでしょうね……」
で、出たー! 何を隠そう、ミノは青春破綻者をお目にかかるために事件の捜査に首を突っ込んでいるのである。
纐纈さんは困惑したように首を傾げた。
「え、何それ?」
「あ、纐纈さんは知りませんでしたっけ。ミノの造語です」
纐纈さんとは一年近く付き合いがあるけれど、接触回数はそう多くないので知らなくても仕方ない。
「青春破綻者……。まあ何でもいいや。とりあえず解決したら事件のこと色々教えてねん」
ミノは情報収集の見返りとして纐纈さんに解決した事件の話をしているのだ。あくまでも言える範囲で、らしいけれど。
纐纈さんは手を振りながら女子トイレから去っていった。
私は肩を落として徒労感を発露する。
「動機ができて東山くんの怪しさが増しただけだったね」
「そうね」
「あれ、さっきみたいに徹底的に否定してくると思ったのに」
ちょっと予想外の反応。ミノは女子トイレの出入り口に向かいながら答える。
「一番怪しいのはどう考えたってあいつだもの。凶器の問題とか、犯人の目撃証言をしなかった理由とか、不可解なところは色々とあるけれどね」
「さっき私があんなに意見出したんだから、ミノも推理を話してみてよ」
私もとぼとぼと廊下へと出た。どうせ逃げられないので仕方なしにミノのあとについていく。
ミノはさして考える様子もなく口を動かし始めた。
「東山が本当は犯人を見ていたけどそれを庇っている可能性。普通に向かいからやってきた犯人が阿久津を刺殺して、Uターンして逃げた。東山はそれを黙っている」
「何それ。そんなことしたら容疑者自分だけになるんだし、犯人は僕ですって自供した方が早いでしょ」
「たまたま手ぶらだったせいで、それができなかったのよ」
「じゃあ犯人は見たけど、見た目の部分を嘘にすればよくない? 性別とか髪型とか、体格とかさ。スマホ弄っていて後ろ姿しか見れませんでした、でもいいし」
「そうなのよねぇ……」
ミノはあっさりと認め、
「正直言って、透明人間が犯人というのが、今のところ一番事実と符合する推理よ」
本当に言い出しちゃったよ。流石に冗談だろうけども。
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