犯人は透明人間

 明月さんと十塚さんが部屋をあとにし、文芸部室には事件の発見者四人が残される形となった。

「さて、事件について考えるわよ、アスマ」

 ミノが当然の流れとばかりにのたまった。私は顔を歪めてしまう。

「えー……もういいじゃん。どうせ犯人東山くんでしょ」

「え!?」

 東山くん改め、犯人から驚愕に満ちた声が漏れた。

「警察はそう考えているでしょうね」

 何度か頷くミノに東山くんが納得しかねるようにつっかかる。

「そ、そんな! どうして!? 僕は包丁なんて持っていなかった! 二人だってそう証言してくれたのに……!」

「あんたが物理的に一番近くにいたんだから、そこは仕方ないわよ」

「包丁だって持ち込みようはたくさんあるしね」

 私がそう嘯くと、ミノが興味深そうに笑った。

「へぇ。例えばどんな方法?」

「服の内側に巻き付けておくとか」

「あの包丁のサイズ見たわよね。あんなもの身体に巻き付けて動いてたら血まみれになるわよ」

「刃を鞘に納めておけばいいだけじゃん」

「じゃあその鞘はどこにあるのよ。あたしたちが東山、阿久津と別れてから悲鳴を聞くまで十数秒。捨てるのに遠くまでいくのは不可能よ。そこらに捨てたなら、今頃捜査員が発見してるでしょうね」

「今も身体に隠し持ってるんじゃない?」

「じゃあ調べましょうか」

 ミノは東山のもとへ向かうと、恐怖に顔を歪めてごくりと唾を飲む彼を意に介さず、そのひょろっとした身体を学ラン越しにまさぐり始めた。

「何もないわね。ハンカチすら持ってない」

「パンツの中とかは?」

 私がさらに言うと、東山くんの顔が唖然となる。しかし流石のミノさんも強引にベルトを外すようなことはしなかった。

「松相、調べなさい」

「え!?」

「あんたの先輩の無実を証明するためよ。東山のパンツを脱がして確認しなさい」

「ちょっ、無茶苦茶言ってますよこの人たち……! いいんですか、東山先輩?」

 松相くんが困惑の表情で東山くんに助けを求めた。

 東山くんは険しい表情で唸りながら考え込むと、

「僕の無実のため、か……。なら仕方ない。松相、脱がせ。というか脱ぐから見るんだ」

「は!?」

 東山くんは決意の表情で後輩に宣言する。……この後もう一悶着あったけれど、くだらないやり取りなので結論だけを言おう。東山くんのパンツの中からは包丁の鞘は出てこなかった。もちろんそれ以外のものも。

「ということだったけど、これでも東山を疑ってる?」

 ミノからの質問。私は自信満々に頷いた。

「うん。所持していたわけじゃないなら、予め中庭に隠してたんだよ」

「中庭のどこに隠すのよ」

 ミノが背後の窓を開けて中庭を見下ろしながら言った。私は立ち上がると窓辺に寄る。窓の下に蓋がスイング式の高さが膝上まであるずっしりとした灰色のゴミ箱と結構な量のゴミが入ったゴミ袋があったので、それを避けて窓から顔を覗かせた。

 真下で鑑識作業が行われている。多くの警察関係者が中庭を行き交っていた。赤黒く染まった土がザ・殺人現場という雰囲気を漂わせている。

 はてさて、中庭にあるものはというと……花壇と側溝、それから北棟の方に木が一本ある。ベンチすらない何ともつまらない中庭だ。包丁を隠せるスペースも少なそう。東山くんは何も所持していなかったわけだから、中庭にないアイテムを使って包丁を隠したわけではないのだろう。となると、

「花壇には隠せそうだね。結構お花が植わってるし、理香さんが刺された場所からも割と近い」

「生物部の部室にいく途中、渡り廊下で園芸部の連中が花壇を手入れしてるのを見たわ。包丁が隠されていたらあの時点で発見されてる。あいつら、あたしたちがウサギ小屋にくる直前までいたから、包丁を隠す暇は絶対になかった」

 私は北棟エリアの端にあるそれを指差す。

「じゃああの木とか。木の上に隠しておけばまず誰にも発見されないよね」

「距離が遠すぎ。あそこまで往復と木登りを十数秒じゃ無理よ。第一、そんな行動に阿久津は気づかずに、あるいは気づいたまま黙っていたの? あたしたちは東山の叫び声しか聞いていないわよ」

「じゃあ、側溝に隠していたんだよ。そのままだと見つかって大問題になりそうだから、バレないように砂を被せておいたとか」

「側溝、綺麗よ」

 ミノが真下を覗きながら呟いた。私も今一度見てみると、校舎に沿うように伸びる側溝はどこも下のコンクリートがはっきりと見えている。特に殺害現場近くの側溝は綺麗なものだった。

「時間的に山盛りの砂を掬い上げて証拠隠滅するのは無理ね」

「なら埋めていたのを掘り起こしたとか」

「側溝説にも言えるけど、包丁に砂なんて付着してなかったわ。遺体の傷口を調べれば砂の有無もわかるはずよ。そもそも、掘り起こされたような形跡なんてどこにもない」

「だったら校舎の中から凶器を入手した、以外に道はないね。鍵がかかっていたから自分で出入りして取り出すのは無理にしても、協力者がいて、凶器を渡した後その人が窓の鍵を閉めたんだよ」

「そんな下手な協力をするくらいなら、殺すタイミングを変えてアリバイを証言してもらえばいいだけでしょう。共犯者の存在なんてあり得ないわ」

 ご尤もで。まあわかってはいたんだけども。

 ミノは東山くんにちらりと目をやる。松相くんと一緒に私たちの会話の応酬を固唾を飲んで見ていた。

「そもそも、東山が犯人の場合の最大の問題点がある。警察を待つ間にも、言ったじゃない」

 そういえばそうだったね。ミノが言っていたのはこんなことだったかな?

 東山くんが犯人なら、誰も見ていない、なんて言うわけがないのだ。……これで少なくとも容疑者が一人増える。自分は手ぶらなので信じてもらえる可能性も高い。だけど東山くんはそれをしていない。

 じゃあ、なんですか? とでも言うつもりなのかなこの子は。

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