あたらしい家族
古池ねじ
第1話
がっこうからかえったら、おかあさんと、赤ちゃんがいた。赤ちゃんをうんで、びょういんからかえってきた。
ランドセルをおいて、れんらくちょうを出して、きれいにきれいに手をあらっておかあさんのところに行った。赤ちゃん。おとうと。おねえさんになる。
「弟だよ」
とねっころがったままのおかあさんが、よこにねている赤ちゃんを見せてくれた。白いぶかぶかのふくの中に、赤っぽくて小さい生きものがいる。赤いかおには目とはなと口。目の白いところと、黒いところがあって、りょうほうともぶよぶよしていた。黒いところがぐるっとうごいて、こっちを見た。
「かわいいでしょ。ほら、お姉ちゃんだよ」
この子、おとうとじゃない。
おかあさんはほとんどかみのけの生えてないあたまをなでて、赤ちゃん、赤ちゃん、ふざけて言った。おかあさんはいつもよりもかおが茶色っぽく見えた。
「だっこしてみる?」
なんだかこわくなったから、首をふった。赤ちゃんのぶよぶよの目が、またぐるっとうごいた。
こっちを見ている。
「しゅくだいしてくる」
「はいはい」
てれちゃって、と、おかあさんが言って、赤ちゃんの手くびをつかんで手をふらせた。小さい手がぐらぐらゆれていた。
おとうとが来るのをたのしみにしてた。おかあさんのおなかに赤ちゃんができた。だからおかあさんのおなかはだいじにしなくちゃいけなかった。赤ちゃんが入ってるから。赤ちゃんができてからおかあさんはわたしががっこうからかえってもねっころがってることがおおくなった。れいとうしょくひんのチャーハンとか、レトルトのカレーを夕ごはんにすることがふえた。カレーはバターチキンのやつが一ばん好き。ちょっとあまいから。
「赤ちゃん、弟だよ」
日よう日にガストでごはんをたべてると、おかあさんが言った。おかあさんのおなかはだいぶ大きくなっていた。
「おなかの中にいるのに、どうしておとうとってわかるの」
おかあさんはおとうさんを見て、おとうさんが何か言おうとして、それから二人でわらってた。なんでわらってるの。なんでわらってるの。わたしがきいても、ただ二人でわらっていた。おかあさんとおとうさんは大人で、わたしだけこどもだから、こういうとき、なかま外れだ。
どうしておとうとってわかったのか、今でもわからない。おしえてもらえなかった。おかあさんのふくらんだおなか。どうして赤ちゃんがきたってわかったのかも、わからない。赤ちゃんがきたって言われてから、おなかがふくらんできた。
おなかが大きくなってから、おかあさんとおふろに入った。おふろの中でおなかをさわらせてもらった。おなかが大きくなると、おへそが小さくなっている。
「動いてる。ほら、蹴ってるね」
大きなおなかがぐにゃぐにゃうごいていた。中にだれかがいる。出たがってるのかな。出して出して、とあばれている赤ちゃん。
はやく出てきたらいいのに。
かん字ドリルをやっておんどくをきいてもらおうとおかあさんのところに行ったら、おかあさんがおっぱいを出していた。赤ちゃんがおかあさんのおっぱいをくわえている。へやにもどろうとしたら、おかあさんがはなしかけてきた。
「音読?」
わたしがスカートで足をひらいてすわるだけでおこるのに、おっぱいを出したままだ。でもどうしていいのかわからないから、よこにすわって「おおきなかぶ」をよんだ。
おかあさんのおっぱいは前より大きくなっておもそうだった。赤ちゃんがくわえてないほうから、白いえきがちょっとたれていた。おなかに赤ちゃんをいれて、赤ちゃんののみものをおっぱいに入れて、たいへんそう。赤ちゃんが入っていたおなか。わたしも前に入っていたはずだけど、なんにもおぼえてない。
あわててよみおわったら、げえ、と大きな音がした。きいたことのない音だった。びっくりしていたら、おかあさんが笑って、
「もうげっぷしちゃったの」
と赤ちゃんのせなかをたたいた。赤ちゃんのあたまと手がぐらぐらゆれた。おかあさんのおっぱいが出たままで、おっぱいもゆれていた。
赤ちゃんの目の黒いところがまた、ぐるっとうごいてこっちを見た。目のところにあるけど、やっぱりなんだかぶよぶよしてて、目じゃないのかも。
「げえ」
とまるくあいた口から、もう一かい音がした。
あんなのおとうとじゃない。
もしかしたら赤ちゃんでもないかも。
どうしよう。れいとうのチャーハンをレンジしてたべて、おとうさんをまっていた。
「おかえりなさい」
「ああ、帰ってきてたんだ」
おかあさんの部屋のほうを見て言うと、おとうさんは手をあらって赤ちゃんにあいさつしに行った。わたしはいすの上で三かくすわりをして、おとうさんを待っていた。おかあさんとおとうさんのわらいごえがした。
「しゅくだいしたのか? ちゃんとすわりなさい」
おとうさんにしかられて、はらがたった。
「あれ、おとうとじゃない」
「ちゃんと言うことを聞きなさい。お姉さんなんだから」
へんなこと言わないでほしい。あんなのおとうとじゃない。おねえさんなんかになってない。
「あの赤ちゃん、おとうとじゃない」
泣きそうになっていると、おとうさんは、はあ、とため息をついた。しかられる。ちょっとしかるときじゃなくて、きちんとはなしをしてしかるときにはいつもそうするんだけど、わたしのまえのいすにすわった。ふざけているともっとおこられるから、わたしもちゃんとすわった。ちゃんとはなせばわかってもらえるかもしれないし。
「おとうとじゃな、」
「やめなさい」
「だって、」
「そういうことを言うんじゃない」
こわいこえだった。もうなにを言っていいのかわからなくておとうさんをにらんでいると、おかあさんたちにきこえないように、小さいこえでおとうさんが言った。
「そんなのみんな知ってるけど、わざわざ人に言わないんだよ」
おかあさんたちのへやから、大きなこえがした。フォークでおさらをひっかいたみたいないやなこえ。おとうさんは立ち上がって、
「おお泣いてる。可愛い声だなあ」
と言うと、赤ちゃんのへやに行ってしまった。
あたらしい家族 古池ねじ @satouneji
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