第4話 翠竜の湖
僕たちが居る町、ラ・グランから東にある『翠竜の湖』の周りに生い茂る森の中。
ギルドを出た後、ここで僕達は湖の反対側にあるラルファスの花が群生する丘を目指していた。ラルファスの花は割と森の何処にでも咲いていて、根っこは傷薬の材料になるため定期的に採取するクエストがあるんだ。まだ冒険に慣れない、Fランク冒険者のために。
そう、今の僕はFランク冒険者なので、こうした初歩的な依頼からやり直さなくてはいけないのだ。
「リュート君は前の竜を亡くした時、ギルドに連絡無く依頼を破棄したわよね? 辛かったのはとてもよく分かるけれど、ギルドとしては当日になって急に依頼されたお仕事に担当者が来ない、というのはとても困るの。しかもそれっきり何か月も顔も出さなかったじゃない?」
エレノアさんに言われてそうだった!と思い出した。確かに僕はピートが息を引き取ったあの日、護衛の依頼を引き受けていたんだった。ピートが居なくなってしまった事にショックを受けて、すっかりお仕事の事を忘れていた。一人前冒険者として失格だ。
「ガハハハハハ! リュートお前、Fランクってマジかよ!? さすがにヨチヨチ初心者冒険者ごときに俺達Bランク冒険者様がキレて決闘だなんて言えねえわ! イチから頑張ってなー初心者さんよ」
そう言って愉快そうにルーカスは去っていき、僕はピンチを切り抜けられたような、でも今までの苦労が一から巻き戻されてしまったような複雑な気分になった。だって13歳で村を出て冒険者になってから7年間、必死で頑張って冒険者としてやっと認められてきたのに。
「でも別にランクなんてどうでもいいんじゃない?私はリュート君やピニオンちゃんとこうしてのんびり冒険できてた方が気楽でいいけどねー」
翠竜の湖に一緒に来ていたフィオナはそう言ってくれるけど、やっぱり冒険者をやっているからには元のCランクまでは戻りたい。冒険者にはそれぞれランクごとに行ける場所や受けれる仕事が決まっているんだ。
今の僕は冒険を始めたての人と同じFランクだから、立ち入れるのは比較的魔物が弱くて少ないこの翠竜の湖か緑竜の森に限られるし、魔物討伐系の依頼も受けられない。最初は冒険に慣れるためと無茶をして死んでしまわないように設定された基準らしいんだけど、それだと依頼で貰えるお金もごく僅かだからとても生活していけない。
「ダメだよ、やっぱり頑張って冒険してお金を稼がないとだし、ルーカスに馬鹿にされっぱなしってわけにはいかないもの」
「……もう、男の子ってどうしてもそういうトコ気にしちゃうのよねー」
「キュルルル♪」
僕が早くなんとかしなきゃって思ってるのをちゃんと聞いてるのかそれとも全然聞いていないのか、フィオナは僕に背を向けてピニオンの鼻先を撫でている。撫でられたピニオンも嬉しそうに鳴き声を上げている。なんだよもう、って僕が言いかけた時、
「そうやって無理してね、もし死んじゃったら元も子もないじゃない」
こちらを振り向かずにそう呟いたフィオナの声は暗く沈んでいるように聞こえたけれど
「さ、早く丘を目指しましょ! 陽が暮れないうちに町に帰りたいし」
と言って振り返って見せた表情はいつもの笑顔に戻っていた。そんな彼女の言葉に従って湖の反対側へと僕たちは進んでいく。
途中でブルースライムや魔法植物なんかにも遭遇したけどフィオナの連れている二匹の魔獣がほとんど蹴散らしてくれた。白狼【シルバーウルフ】のカルと戦猫【ワーキャット】のミア、二匹ともフィオナと共に育ってきた大事な仲間だ。
肝心のピニオンはというと道中で出てきた水竜の幼竜ドラゴンベビーを追い払うお仕事……というか、竜同士で話し掛けて帰らせてるような感じだ。これから新しい竜使いと仲間になっていく前の大事な幼竜だもの、傷付けなくて済むならそれが一番良い。
そうやって進むうちにあっという間にラルファスの丘に辿り着く。朝出発して時間はちょうどお昼前、順調なペースだ。
「ちょっと早いけどお昼にしましょ♪ はい、君たちはコレね」
フィオナがそう言うと冒険者バッグからお弁当を取り出す。カルには調理前のお肉のスライスが数枚と、ミアには魚の切り身が数枚だ。彼らはそれを喜んでムシャムシャと食べ始める。
「私たちはコレ♪ ちょっと奮発したんだよ? リュート君の復帰祝いだから」
そう言って手渡されたのは軽くスモークした魚とお肉と葉野菜が挟んであるサンドイッチ。普段、僕らが冒険に持っていってる堅いパンと燻製にした堅い魚に比べたらすごく贅沢な食事だ。一口食べてみただけでもすごく美味しいのが分かる。そう言えば美味しいって感じること自体、久しぶりだな。
ピートが亡くなってから、本当に何もする気が起きなくて宿屋のベッドでずーっと横になったり、起きても窓の外の空を眺めたりしていた。そんな僕を心配して宿屋のおかみさんは朝と晩に部屋まで食事を届けてくれたけれど、ピートのいない部屋で一人で食べる食事は何の味もしなかったんだ。何故だかそれをふいに思い出してしまって、泣きそうになってしまった。
「ゆっくり食べて大丈夫だからね」
「うん、ありがとうね」
フィオナは隣で何も言わずに笑顔で、サンドイッチを頬張りながら泣きそうになっている僕を見つめている。ピニオンは何してるかなぁと思って辺りを見回すと、ラルファスの花を手当たり次第にモグモグと食べてるのが見えた。
「ピニオンちゃんの分は何も持って来なかったけど……大丈夫そうね」
その分は僕がドラゴンフードっていう竜族専用の携行食を持ってきていたのだけど、この分だと必要ないかもしれない。そういえば丘までの道中もいくつか咲いていた花を食べていたし、好物なのだろうか? ピートは全然そんなの食べなかったのに。
「キュルルー♪」
ピニオンは本当に美味しそうにラルファスの花を食べている。僕が必要なのは根っこであって花では無いから構わないんだけど、花を食べられちゃった後だとどの根っこを抜けばいいのか分からなくなっちゃうな……って思っていたらなんと! 花を食べ終わってから茎の部分を咥えて引っ張り、根っこまで掘り起こしてから次の花を食べるようにしているじゃないか!
ピニオン、もしかして僕が根っこが必要だって事、分かってたのかな? いや、そんな筈はないか。
そしてピニオンの後を付いていき、花だけ食べて掘り起こしてくれた根っこを集めていったら昼下がりには採取用の背負い籠に入りきらないぐらいのラルファスの根っこが集まった。依頼で必要な数は10個だったけどこれはもう、100個ぐらいは集まってると思う。
「あ、ねえ? ピニオンちゃん、朝よりも大きくなってない?」
帰り道でフィオナに言われて初めて気付いた。あんなにたくさん食べてたからお腹が膨らんだだけかなって思っていたけど、確かに後ろ足が少し伸びて胴体が長くなっているような感じがする。小動物、って感じだったのが中型の犬ぐらいになったような。
「おめでとうございます! ピニオンちゃん、幼竜から少年竜(ドラゴンキッズ)に進化してます!! 」
ギルドに着いてエレノアさんからそう言われて、初めてそれが進化なんだと分かった。でもたった一日でこんな進化するだなんて、ラルファスの花の効果なんだろうか?
「そしてリュート君もラルファスの花の根、必要数10個に対して124個の取得はギルド新記録ですよ! 」
エレノアさんのアナウンスに竜使いギルド内から大きな拍手が聞こえる。今までの最高記録は87個だったって聞いてたから大幅な新記録達成だ! でもそれよりも嬉しいのが
「今日の納品でFランク依頼10日分に達するので特別規定でEランクに昇格です! 」
そう、ランクが上がった事だ。これで少しは魔物討伐にも参加できるし、毎日花を摘んだり迷子探しみたいな任務を何日もこなさなくて済む。
「キュルルイ♪」
ピニオンも「えっへん」って感じで得意そうに鳴き声を上げる。
こうして、僕とピニオンの冒険者再開初日は大成功で幕を閉じた。
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