第2話 最初の竜とのお別れ

 遡る事数か月前。


 あれは僕の20歳の誕生日を迎える、ほんの数週間前の事だった。


 僕の大切な相棒だったピートが、死んだ。


 幼竜ドラゴンベビーの姿のままだった。


 竜族は普通、生まれて幼竜の姿から始まって少年竜ドラゴンキッズ小型竜ミニドラゴン中型竜ヤングドラゴンと種族進化する。それと同時に寿命も長くなっていって大型竜グレートドラゴンまで進化できる個体だと寿命が300年にも及ぶと言われているけど、幼竜の姿のままだと大抵7、8年程度が限界と言われていた。でもそれは、何かの理由で進化できなかった場合の話だ。


 10歳の時に彼と出会ってから、いつか彼が進化してくれると思ってずっと彼の隣に並び立てるように訓練してきた。進化に必要な栄養が足りてないのかな?とも考えて、なけなしのお金で買った希少で高価な巨大生物の肉や魔法植物の根っこなんかも食べさせてみたりもした。彼はなんでも美味しそうに食べてくれていたけど、でもそれが進化に繋がることは無かった。


 白くて体が産毛に覆われた、ウサギくらいの大きさの生き物。だけどおおよそ戦闘には全く不向きで、いざ戦いになると何の役にも立たない存在。


 そんな幼竜を連れた僕は竜使いギルドでも有名になり『白兎のリュート』と呼ばれるようになった。中堅以上の竜使い冒険者は僕を同情してか優しく接してくれて普段から応援してくれていたけど、同じ村出身で同い年のルーカスとクレイブは僕に対していつも冷たかった。


 『無駄なお荷物を連れてる』だとか『そんなの捨てて違う少年竜でも捕まえてきたらいいのに』とかそんな酷い言い方もされたけれど、それでも僕は絶対に諦めたくはなかった。


 だって、僕の事を初めて主人と認めて付いてきてくれた大切な相棒だもの。そんなの捨てられるわけないじゃないか!!


 他の竜よりちょっと珍しい分、種族進化が遅いだけなんだ。だから進化さえすればきっとピートだってルーカスのとこのライドウにだって負けはしないんだ! 僕は誰に何を言われても、ずっとそう信じていた。そしていつかその時が来ても一緒に戦えるように、って剣の訓練だって頑張ってきた。


 そうして、ピートと出会ってから9年が過ぎ……幼竜の姿では寿命と言われる年数を過ぎて、ピートは段々と弱っていってるのが感じられた。


 今までは元気にピョコピョコと僕の横に走って付いてきていたのがヨタヨタと歩いて遅れるようになってた。ご飯をあげても半分くらいしか食べれない。鳴き声も元気が無さそうで、最後の方は冒険者バッグに入って付いてくるのだけでも精一杯というぐらいになっていた。


「もうこの子は冒険に連れていく事も負担になるのかもしれないわね」


 気の毒そうな顔をして友人のフィオナはそう言ったけれど、僕はどうしても最後まで彼が種族進化して生き延びる可能性を諦めたくなかった。


 それに、僕が彼を宿の部屋に置いてクエストに出ている間に亡くなって冷たくなってた、なんて事が起こったら……と考えただけで、気が気じゃなかったんだ。


「キュルル……」

「そうかそうか、お前もそう言ってくれるんだね。いい子だ」


 人間側の勝手な解釈だと馬鹿にされそうだけど、弱々しく鳴く声を聴いて『僕も離れたくないよ』って言ってくれてるように感じていた。彼の鼻筋から頭の上まであるモフモフの毛並みを撫でると、心地良さそうに目を細める。


 まだ、温かい。まだ、可能性は消えたわけじゃない。毎朝、目が覚めてそう思える事だけがあの頃の僕を支えてくれていたのだと思う。


 

 だけどある朝、目が覚めると彼は僕の枕もとで冷たくなっていた。


 ようやく長い冬が終わり、雪が解けて春を迎えてから数日後の事だった。



「どうしてだよ!? どうして……ずっと一緒にいるって、思ってたのに」


 僕は泣いた。泣いて泣いて、涙さえ乾いて出なくなっても嗚咽が止まらないくらいに、泣いた。でもどれだけ泣いても悲しみが薄まることは無くて、忘れられるとも思えなかった。


 それから先の事はよく覚えていない。


 フィオナが優しい言葉をかけてくれたような気もするし、他の人達も同情して何かを言ってくれた気もするし、ルーカスとクレイブからは相変わらず酷い言葉を言われたような気もするけれど、どれ一つとして僕の心には届かなかった。


 一つだけ覚えているのは宿屋のおかみさんに『悲しいのは分かるけれど、そのまま置いていたらピートちゃんの身体は腐り果ててアンデッドになってしまうから、土に還してあげてね』と言われてよく一緒に行った丘の上に、穴を掘って泣きながら埋めてあげた事ぐらいだ。


 本当はその時『彼の身体の一部だけでも一生ずっと持っていたい』という想いに駆られたのだけど、彼の遺体に傷を入れる事が可哀そうな気がして僕にはできなかった。代わりに、いつも撫でていた彼の額の部分のモフモフした毛先を少しだけ刈り取って魔石の中に埋め込んでペンダントにした。



「キュルルイ?」


 そんな唯一の形見のペンダントを不思議そうに見ているのは昨日、森で出会った僕の新しい竜。


「気になるかい? これはね、僕のとても大事な友達の思い出なんだ」

そう声を掛けてペンダントの石を両手で包み込むように握り、目を閉じる。


 ピート、僕は新しい竜と一緒に居る事になったよ。君にとても良く似た、真っ白い竜だ。


 君を救えなかった僕が違う子と一緒に生きていく事を、君は許してくれるだろうか?


 それとも怒るかな? いつまでも落ち込んでいるよりはマシだと、笑ってくれるかな?


 今はまだ、分からないけれど……でも、歩き始めてみる事にするよ。


 だけどね、忘れることは無いからね。君といた事を。

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