審判の光

「会いたかったぞ。姫宮麻美……」


 それは赤黒いローブを纏い、神々しく光を放ちながら優雅に浮遊していた。その中は闇よりも深い黒。人の形をしているようだが、まるで何かの粒子のように姿が捉えられない……


 明らかな霊的存在…… 現実を超越した存在…… これがAWか……


 私はその存在に素直に恐怖し、足が竦みそうになる。私はいつのまにかに、無意識に銃を構えてしまう……


『――話をしよう。私はお前の敵ではない。まずは銃を下ろせ。少なくとも私はお前の願いを叶えたのだぞ……』


 声が頭の中に直接響いてくる…… 反響しているのかよく分からないが、声の主は恐らく女性…… 


 確かにそうだ。神蔵の空白の一年間…… 私はそれを視た。


 構えていた銃を、静かに下ろす。


(何が狙いだ……)


「あなた…… 何者なの? 何故私に指輪を授けた……?」


 わたしは静かにそう言った。


「……わたしは、お前達がAWと呼び恐れる存在。その呼び方は様々だが、多くの人間は私をこう呼ぶ。夢見の魔女……ユメミサマとな」


 私は再び、AWに向けて銃を構える。凄まじいプレッシャーだ…… 空気が重く、胸が張り裂けそうだ。それほどまでに、わたしは無意識にこの存在に対して恐怖している。サークルドットサイトがまるで収束しない…… 手が恐怖で震えているのだ。


「私が怖いか……? お前の心の叫び、そして願い。私はそれを叶えたいと思った。だからお前に指輪を授けたのだ。わたしはずっとお前を視ていた。その純粋な心、汚れ無き魂、実に素晴らしい真の輝きを感じる。こうやって会ってみれば、わたしの見込みは間違いではなかったと強く感じる。姫宮麻美よ。安心するがいい。代償として命を取ることはしない。私はお前の味方なのだ……」


(何を言っている…… 何が狙いだ? それともこのAWは本当に敵ではないのか……?)


「わたしはお前の敵ではない…… 願いを叶えた事がその証拠だ。知りたいのだろう? 白骨化事件の犯人と、AWと呼ばれる我々のことを……」


 心が読まれている…… 相変わらずサークルドットサイトは一向にドットへ収束しない…… 手の微妙な震えが止まらない。周囲一帯の空気が超絶に重い…… 敵ではないというのなら、このプレッシャーはなんなのか…… 無意識な潜在的恐怖、もしくは絶対的存在を前にして、私は打ち震えているのか……


「……恐らく後者であろう。銃を向けてはいるが、私に対して絶対的な敵意は抱いていないようだ。――それでいい。お前の知りたいことは教えてやろう。私達は仲間だ。姫宮麻美」


 AWは静かに話し始める……


「まずは我々について説明せねばなるまい…… 我々AWは別名、現代の魔術師アスファルティックウィザードとも呼ばれている。AWについて人によっては古代の魔女エンシェントウィツチとも呼ぶが、我々は魔女ウィッチと呼ばれることを基本的には嫌っている」


「……それは、何故?」


「ヨーロッパで16~17世紀に起きた魔女狩りは知っているだろう……? 多くの罪無き女性達が魔女だと罵られ、様々な迫害や虐待を受け、無残に殺されていった…… その中にはもちろん純真な少女も数多くいた。その数は10万とも言われているが、現実は違う。――魔女狩りは今でも続いている。お前もその凄惨な光景を――先ほど視たはずだ」


(…………)


「――そう。今でも凄惨な殺人は続いている。魔術は黒魔術だけではない。人々を癒やす白魔術も同時に存在する。我々、現代の魔術師は永き時間の中で魔術というものを研究し、この世の裏から光と闇のバランスを保ってきた。原則的に善良な人間に危害は加えない。むしろそれらを守護してきたのだ」


 一呼吸置いて、AWは言った。


「姫宮麻美…… お前は魔術の根源をなんだと捉える? お前はな…… 実に興味深い。通りでわけだ……」


(数奇な力……? 何のことを言っている? 魔術の根源…… それは……)


「……よく分からない。だけど、人や自然を慈しむ心。全てを敬い大切にする心。それは大事にしなさいと、よく昔から言われてきたわ……」


「――なるほど。お前の心を密かに導いてきたものは、流石によく根本というものを理解していると見える。だが、よほどお前のことが可愛かったのだな……」


(祖母のことを言っている……? なんなの、何が言いたいかさっぱり理解できない……)


「――魔術という力の根源。それは崇高なる魂だ。全てを愛しみ、そして敬い、大切にする心。それが魔力を引き出し、大いなる奇跡と力を生み出す。姫宮麻美よ。お前はだ。お前のその純粋かつ強く、汚れ無き魂は、無限の可能性を秘めている」


「……あなたは、何が言いたいの?」


 恐怖心が少しずつ薄れていく。AWから放たれているその神々しくも禍々しいオーラ。そのプレッシャーに、少しずつ心と体が慣れてきたのか、先ほどのような震えは少し収まってきたかのように思う。サークルドットサイトが少しずつ収縮している。


「――私が言いたいのは、お前は仲間だということだ。姫宮麻美…… 世界中で密かに発生している白骨化事件。アレを起こしているのは我々ではない。規律を破り、愚かにも力を求める現代の魔術師になり損ねた者達だ……」


(なり損ねた……者達?)


「魔術の根源とはまた別の概念だが…… より強大な力を得るには、高度な知性を持つ魂を生け贄に捧げ吸収する必要がある。嘆かわしいことだが、魔術の探求にそれは欠かせない。我々が魔法のアクセサリーを授ける理由は、魂の選定をしているのだよ…… 我々も元は人の子。良心がある。他人を敬い、汚れのない心を持つ者。自分を律することが出来る者には、多くは代償を求めない。その者のささやかな願いを叶えるだけだ。だが――」


(なんだ…… 空気が重い…… このプレッシャーは……)


「低俗な者共ノ願いは…… その代償として魂を奪う。そういったものは後に周囲や他人に危害を及ぼす。実害が起こる前に、それを摘み取っているのだ」


(つまりは…… 善なる人間、悪なる人間を選定し、悪を摘み取ることでそれを力に変えているのか……)


「そういうことだ…… 白骨化事件を起こしている愚者達は、現代の魔術師としてのレベルがあまりにも低い…… 完全な次元結界を形成し、その中で接触し、魂を奪う。現実世界においてその影響を及ぼさない事は、現代の魔術師アスファルティックウィザードとして最低限の振る舞いであり、それが絶対のルールだ。だがレベルの低すぎるその行いが、結果として現実世界に影響を及ぼしている」


(……完全な次元結界。つまり本物のAWの力なら、次元結界の中が現実世界に戻ることが無い…… 完全な別次元での殺人を行うことが出来る…… そう言うことなのか……)


「察しが良くて助かる…… だがある意味彼女らも被害者だ。姫宮麻美。その事はお前自身がよく分かっているはずだ。この世界の歪みはもう修正できない程に酷い状況にある。特にこの国の衰退は酷いものだ。特権階級が既得権益を独占し、低俗な欲に駆られ続け、弱者は生きる権利すら奪われようとしている。嘘にまみれ、多くの人間が搾取され続けている……」


(……たしかに、その通りだ。世界人口はむやみに増え続け、貧富の差は拡大し、移民や難民問題は解決の糸口すら掴めていない…… 国家という法治システムは形骸化し、少しずつ崩壊しつつある…… ここ日本は特にそうだ。善良な市民が、あらゆる所から搾取され生きる希望が失われつつある…… 日本についての分析レポートを読む度、何度心が痛かっただろうか……)


「……その通りだ。だから些細な事で心が闇に大きく反転する。清く正しい心を持つものでも、きっかけ次第で心が暗く深い闇に墜ちるのだ。闇へ墜ちたAWのなり損ないは、我々が打たなければならない」


 私は思った。


「――貴女の言う通りね…… 私は貴女のことを、何と呼べば良いのかしら? わたしは麻美でいい」


「――そうだな。私のことは審判ジャッジメントと呼ぶといい。人としての名前は、とうの昔に捨てたのでな」


 審判の粒子のような姿が、少しずつだが完全な人の形に変化してきているように感じる……


「――貴女の言っている事。私は。だから私は貴女に問いたい」


「なんだ。申してみよ」


 そして私は、その疑問をぶつけた。


「――貴女は私のことを仲間だと言い続けた。だったら何故、最初に騙すような幻覚を見せ、この中に閉じ込めようとした? 何故現実から引き離した!」


 サークルドットサイトの収縮率が80%を超え、審判を捕らえる。言っていることは何も間違っていないし理解もできる。だからこそこの事がのだ。あの時私が感じたはその状態が非常に危険なことだと察知した。


「貴女ほどの力があれば、もっと違うやり方があったはず! あの時私が感じた。あれは間違いなく何かしらの私を欺こうとする力。わたしを欺きこの世界を現実と思い込ませ、貴女は私を取り込み支配下に置こうとした。違うかしら?」


 審判が右手を口に当て微笑する。


「――それは違う。私はお前に安心してほしかったのだ。わたしは――」


 審判の言葉を遮るように畳みかける。


「それは嘘ね!人は嘘をつく時、必ず何かしらの行動を無意識に行う。目線を背ける、手を顎や口に当てる。人によって様々だけど、貴女は今初めてその行動を取ったわ。今まで自信たっぷりに両手を微動だにせず話していたのにね!」


 サークルドットサイトの収縮率が90%を超える。


「……面白い。オモシロイナ姫宮麻美。その状態で我が夢幻結界エターナルフィールドと力の流れまで察するとは……」


 喋り方が所々恐ろしくなる…… 間違いない!やはり審判は私を取り込むつもりだ!


「我ト共に来い……姫宮麻美。お前ならいずれ私を遙かに超える、素晴らしき現代の魔術師アスファルティックウィザードと成れる! 愚者達を粛清し、新たナル世界を我々で築くのだ。コノママデハ世界は確実に崩壊する。お前はそれを誰よりも分かってイルだろう!」


「惜しかったわね審判ジャッジメント! 貴女は私と交渉する上で初動を間違った! 最初から誠実な対応をし、最後にそう言えば私を仲間に出来る可能性は十分にあったのにね!」


 サークルドットサイトの収縮率が98%を越えた。今なら確実に当たる。


「貴女の言っている事はもっともよ。だけどね、人は善悪を迷いながら生きていく。その人の立ち位置によって善であることも、他人からみれば悪になる事もある。善悪の狭間で苦悩しながら、己の正しき道を探して生きる。それが人間なの!たとえ悪人であっても、勝手に命を奪うことは許されるべきではないわ!」


 まるで自分に言い聞かせているようだ。審判の言っていることは間違ってはいない。それはよく分かるのだ。だからこそ引くわけにはいかない!


「甘イ! 甘イぞ姫宮麻美! 有史以来、歴史を作り上げ統治してきた人間共が、何度同じ過ちを繰り返してきてキタ! 次同じ過ちを繰り返せばもうこの世界は終わるのだ! 屑共にもう歴史を任せてはオケヌ! 我々が新たな力と共に統治する必要ガアルノダ!」


 審判、ごめんなさい。私は貴女の言っているが、本当によく分かる……


 この世界の汚れきった歪み。世界はもう壊れてしまう寸前だということも……


 だけどね…… 私は帰りたい場所がある…… 待っている人達がいる……


 そして、守りたい。側で支えたい人がいる……


「……私の直感は、今まで一度も外れたことはない!ごめんなさい!今は貴女と歩む気は無い! 私を解放し、元の世界へ帰しなさい!」


「……失望シタゾ。姫宮麻美。我のものにナラナイというのなら仕方が無い。お前の力を欲しがるものはいずれ無数に現れるダロウ。誰かに奪われるノナラ、ここで強引にお前をウバウマデダ!」


 審判が右手を宙にかざすと、まばゆい光と共に銀色の輝きを放つ大槍が現れ、それを右手で握りしめる。片手で銀の大槍を構えた審判は、自身を形成すると思われる黒い粒子を激しく脈打たせながら、その殺意を完全にこちらへ向けた。


(まずい! 完全に怒らせたか!)


 狙いを定め、トリガーを何度も引く。何発も銃声が鳴り響く。


(なんだ! 全部弾かれている!?)


 着弾の瞬間に魔法陣のようなものが一瞬現れ、それが完全に銃弾を無効化している。わたしは何度もトリガーを引く。だが結果は全て同じ。いつの間にかに、弾倉が空になった……


(まずい!)


 速すぎて見えなかった。ほんの一瞬で懐に飛び込んできた審判ジャッジメントが、私の首を左手で握りしめる。息が苦しい…… ギリギリの力加減で私の抵抗力だけを奪っている。


「……間近で視れば、ここまで美しいとは…… 殺すのがモッタイナイ…… お前は特別な存在だ…… ドウダ?考え直さないか? お前は私の正しさを心から理解している。その力を行使シタイと思っている。だからNYPD、そしてFBIへ入ったのだろう?騙そうとしたと感じたのは謝ろう。只、私は傷つけたくなかったのだ。余計な現実での思い出は、余計に自分を苦しめる事になる……」


 ダメだ……心の中に入り込んできている……


「――力を手に入れるのだ。姫宮麻美。黒魔術、白魔術、幻魔術、私はあらゆる魔術に精通している。私の全てを教えよう。その力でこの世を正せ。この世界を救い、正しき社会を作れるのは我々だけだ」


 息が…… 苦しい…… 頭が…… 耳元で、囁いている……


「現代の魔術師となるのに、恐れることは何もない…… お前はただ横たわり、その愛撫を心から受け入れるだけで良い…… 私の魔力をその口づけで優しく全身に注ぎ込む。その快楽に身を任せるだけで良いのだ…… 目が覚めたとき、お前は新たな力と共に、新たな世界を知ることになる」


 その言葉と共に、闇よりも深く黒い粒子が、完全に人の形へ変化していく。


 完全に人へと変化したその姿は、神々しい光に包まれた、まるで巫女のような女性だった……


(綺麗……)


「……麻美。貴女がこの時の中で、罵られ蔑まれたことは、私がよく分かっている。その正義と平和を愛する尊い心を傷つけられたことも…… 我と共に来い。一緒にこの歪み淀みきった世界を正そう。本当にか弱き者が救われ、誰もが平和に暮らせる世界を作るために」


 優しい声…… 心にすっと入ってくる…… とても神聖で…… 心地よい……


 審判は微笑む。この人の暖かな心が伝わってくる……


 この人の言うことはもっともだ…… 現行の法で対処できることは限られている……


 法を作りし者もまた人間…… 悪意を持ってそれが作られたとしたら…… 抜け道はいくらでもある……


 その結果が…… この淀み…… 歪みきった世界ではないか……


「……それでいい。お前を理解し、その力を引き出せるのは――私だけだ」


 意識が遠くなっていく…… 優しい微笑みと…… その心地よい光に包まれながら……

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