第四章 願いと代償
幻影
白い…… ただ白い……
ここは何処なのだろう……?
私は心地よい無重力のような空間に、只一人投げ出されているようだった……
しばらくすると、何処からか大きな何かの音が聞こえてくる。何かの機械音? 段々と音が大きくなるに従って、それが何の音であるか判別できた。
(ヘリのローター音…… 只それにしては静かなような……)
そう思ったとき、私の視界が突如変化した。暗闇の中、何処かに向かう2機の軍用ヘリ。形状からしてステルスヘリのようだが、ティルトローター機のようだ。私の視界はそのヘリを大きく俯瞰して見ている。まるで映画のように。視線を動かしても、見ている光景に3次元的な変化が無い……
『特殊作戦部隊AASTナイトストライカー。目標地点に接近。降下後は速やかに
無線の音声。まるで映画を見せられているようだ…… 音声がハッキリ聞き取れる。
「第一班リーダーから第一班各員へ。今回の作戦は
この声は……神蔵の声だ。間違いない!
『機内各員へ。MARIAから最新戦術情報のアップデート確認。該当エリアの廃村に生体反応なし。突入ルート確定。これより降下を開始する』
2機のヘリが暗闇の中、廃村の広場と思われる場所に降下していく。辺りは真っ暗だ。月明かりはない。新月という事だろうか。奇襲作戦ということなら最適な夜だ。
「隊長、何を見ているんですか?彼女ですか?」
ヘリの中の様子。8人ほどの隊員が壁際に座り、スタンバイしている。特殊なボディアーマーを付けているが、見た目では機動性に重点をおいたスーツのようだ。皆が特殊なバイザー付きヘルメットを被っており、顔は分からない。
「何でも無い」
見た目では分からないが、間違いなく神蔵だ。神蔵は写真をスーツの中にしまう。そして着地の衝撃と共に、ヘリ後部のドアが開く。
「
神蔵を含む第一班8人が素早く散開し、現地の安全を確認する。
『第二班リーダーから第一班へ。目標施設へ接近中。教会周囲に生体反応無し。突入指示を待つ』
「――ドノバン。敵は恐らく地下に潜んでいる。発見次第全員射殺しろ。いいか、一人も撃ち漏らすな」
神蔵の言葉…… 発見次第全員射殺? 一体これは何の作戦だ……?
『任せておけ。俺とお前でもう何百人も殺してきたんだ…… 今更良心の呵責など無いさ。万が一の時は頼んだぞ神蔵。
一体…… 何の話をしているの…… 神蔵…… 魔術師殺しって……
心臓が…… 心拍数が上がっていく…… これから起こること。もう分かりきっているが、それを私は直視できるのか……
「全エリアクリア!第二班突入開始。ターゲットは全員射殺しろ。制圧後はC4設置後速やかに脱出。繰り返す――」
神蔵が、指示を出していく…… わたしはその神蔵の冷酷な指示を、ただ黙って聞いているしかない……
湧き上がる嫌悪感…… そして目を覆いたくなる気持ち……
『ターゲット発見。第二班攻撃開始。かなりの人数が集まってやがるな今回は!』
無線越しに、激しい銃声と悲鳴が聞こえる…… 聞こえてくるのは女性の悲鳴ばかりだ…… 幼い女の子が泣き叫ぶ声も聞こえるような気がする……
私の視界には、教会の外で周囲を警戒する第一班の姿……
その時だった。真っ暗な夜空が一瞬明るく光ったかと思うと、まばゆい光が神蔵達の頭上に現れた。眩しすぎてそれがなんなのか判断できない。
「隊長!あれは!」
神蔵は、その頭上の光を、驚くような表情で見つめている。周囲の隊員も驚きを隠せないようだ。その時一人の隊員が叫び始める。
「……何だこいつらは……隊長! 廃屋から不気味な連中が次々と現れています!」
『第二班、敵殲滅完了。これからC4を設置…… なんだ?こいつら次々と起き上がってくるぞ!全員攻撃開始!ありったけの弾丸を叩き込め!』
次々と飛び交う無線。神蔵達の周囲は完全にその不気味な者達によって取り囲まれている。
信じがたいが…… これはゾンビなのか? 所々腐乱したような肉体。そして目を真っ赤に充血させたそれらが、第一班を取り囲みゆっくりと確実に迫ってきている。
「隊長!攻撃許可を!完全に囲まれています!このままだと危険です!」
その時、頭上の光が廃村の外へと移動を始める。そして神蔵は、突然それを追いかけ始めた。
『おい神蔵! どうした! 指示を出せ! 表もどうなってる! こいつら全然死なねえ! クソ! 第二班撤退開始! 第二班撤退だ!』
「隊長! 何処へ行くんですか! もうダメだ! コードレッド! 第一班攻撃開始! 責任は副隊長の俺が取る! コードレッドだ! 各自攻撃開始!」
現場は大混乱を起こし…… 壮絶な状況になった。激しい銃声と隊員の怒号と叫び声…… 神蔵は頭上の光を必死に追いかけている…… まるで何かに取り憑かれたかのように……
『第二班リーダーより全隊員へ!負傷者を救助し撤退せよ!全員すぐにヘリに乗り込め!繰り返す――』
その時だった。まばゆい光が強烈な光を放ったかと思うと……
凄まじい爆発音が…… 一体に響き渡った……
真っ白になる視界……
それからしばらくして、次第に少しずつ、周りの景色が見え始める……
地平線の向こう側…… 朝日が少しずつ昇っていく。辺り一面は爆発による影響で瓦礫が散乱した廃墟と化していた…… 廃屋も寂れた教会も、今は完全に見る影もない……
そして2機のヘリの残骸……
撤退は間に合わなかったのだ……
気がついたとき、私はベットの上だった……
時計を見る。時間の針は4時55分を指している。カーテンを閉めたホテルの窓ガラスからは、赤い光が差し込んでいる。もう夜明けだ。
リアルな夢だった…… というか凄惨な映画を見ているような気分だったが……
特殊作戦部隊AASTナイトストライカー。
”任せておけ。俺とお前でもう何百人も殺してきたんだ…… 今更良心の呵責など無いさ。万が一の時は頼んだぞ神蔵。
線が繋がった。そして見ない方が良かったのかもしれない…… そんな気もした。
彼の言葉が正しいのだとしたら、神蔵はあの部隊で何百人もの人間を殺してきたのだ……それもおそらく全て女性。幼い女の子も含めて。
ほんの一瞬だけだったが、教会の地下室の様子も垣間見えた…… 殺されていたのは全員女性だ。黒のローブに身を包んだ、まるで魔女のような姿をした女性達。真っ赤に血だらけになって、体の所々が損壊し倒れていた。凄惨すぎる現場だった…… 思い出すだけで目を背けたくなる……
神蔵は…… ずっとあんな場所で1年も過ごしていた…… 常人ならきっと…… 耐えきれないだろう…… 笑顔が消え去った理由…… それには十分すぎる事実だった……
私に何が出来るだろう…… 神蔵の心の闇を取り払うには、私は何をしなければならないのだろう……
私はただ、彼を理解し、側に居ることしか出来ない。思い起こせば、少しずつではあるが、再開した初日よりその態度は軟化したように思う…… 神蔵も、その心の闇と戦っているのだ。
だったら私は、側で彼をずっと支え続けるしかない。その心の闇が消えるまで、ずっと光を照らし続けるしかない。
私は新たな気持ちを胸に、出勤の準備をする。
(あれ……)
何だろう…… この違和感は。出勤の準備…… ホテル……
そもそも私は、眠りにつく前、何処にいた? 違う……この妙な安心感はなんだ?
神蔵の過去…… 何故それが分かった?
思い出せ。違う。これは現実なようで現実ではない。私の直感がそう告げている。これを現実と思うな。現実と心の中で認識するほど信じ切ってしまえば、二度とここから出られなくなる! 今の状態は非常に危険だ!
自分の頬を両手で思いっきり叩く。痛い。痛覚はある。
だが違う。わたしは重要な事を忘れている気がする。それは何だ? この妙な安心感と心地よさは、何かが私を欺こうとしている何らかの力だ。私の直感がそう告げている。それは間違いない。
手…… 両手を見てみる。白く細い指。我ながら綺麗な手だ……
ん、何かがおかしい…… この違和感。もうすぐだ。答えはすぐそこにある気がする!
(!?)
思い出した…… 私の右手の中指、嵌まっていたはずだ。あの禍々しい指輪が。
途端に今までの記憶が復元されるように、ここ数日のことが思い出されていく。神蔵と再会したこと。北條さんへの聞き込み調査を行ったこと。哲也と過ごした夜。朝霧と会い彼女を強制連行し、結果捜査官の権限を一時剥奪されたこと。
神蔵、哲也、クリス、室長、葉山、スティーブン、みんなの顔が心に浮かんでいく。
わたしは、そう。夢見の魔女に願いを告げた。そして眠りに落ちた。グラウンドベースの居住エリアで。
全てを思い出した。そして右手には、あの禍々しい指輪が嵌められている。全てを思い出したことで、幻影から一歩抜け出せたのだ。
そして私は全ての準備をし、ホテルの部屋を出た。
私は走っていた…… この誰もいない異様な街の中を……
目の前に広がる異様な空間… 赤黒い空は夕暮れなのか異世界なのか判断できず、本来なら騒がしいはずの都市の騒音も、季節特有の蝉の声も何一つ聞こえてこない。
普段ならたくさんの人が歩いているはずの道。車すら一台も走っておらず、大都会のど真ん中にいるにも関わらず、生命を何一つ感じることができない……
まだ日は暮れていない筈なのに、急激に気温が下がったような異様な感覚。寒さによる震えなのか、恐怖による震えなのか、背筋が凍るように寒い……
(何が、何が起きたの……)
もうどれくらい走り続けているのか分からない。
エレベーターを降りて、フロントから外に出た…… 今思えばそこから既におかしかったような気がする。視界に広がっていたのは、見たようで見たことのない景色だった。突然異世界に迷い込んでしまったかのような恐怖。吸い込む息が重く、苦しい。
形容しがたい不気味な赤黒い空に、心がジワジワと侵食されるような一切の静寂。たくさんのビルはまるで蛻の殻のように、大都市の墓標のように並んでいるだけ……
そして、明らかに得体の知れない何かが、私を追ってきている……
振り返ることはしなかった。振り返った瞬間に恐怖で体が動かなくなる。『振り返るな』と本能が告げている。
全身が汗だくになり、呼吸が苦しい。足も限界に痛くなっている。汗で下着やキャミソールが肌に張り付き、不快感が激しい。もう何処を走っているのか見当もつかない。
永遠と続くような見慣れない景色。いつもの道のようで、明らかに違う景色……
やがて走ることが出来なくなり細い脇道に入ると、入り組んだ脇道の先にあった、大きなビルの外階段を登り始める。
その時、わたしはピタリと足を止める。
なんだ…… この
この後、わたしはどうなった……? 思い出せ! 非常に重要なことだ!
確か私は…… この後外階段を上り…… そこでもう歩けなくなった……
そして、遭遇した…… 神々しくも禍々しい絶対的なオーラを放っていたあの存在に。
ダメだ。屋上に行けば確実に殺される。この外階段を上ってはダメだ。
そう思ったときだった。
「え……」
思わずそう呟いてしまう……
わたしはビルの屋上にいた…… 赤黒い空。いつの間にかに出ていた大きな月……
そして感じた。頭上に浮かぶその存在を。
私は見上げる。
不気味にこちらを見下ろすソレは、あの時と全く同じような、神々しくも禍々しい絶対的なオーラを放っていた……
『ゴキゲンヨウ』
脳裏に直接響く声……
願いと代償…… いよいよそれを払うときが、やってきたのだ……
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