狂いゆく判断

2026年 8月30日 14時00分

UCIA日本支部捜査基地 グラウンドベース オペレーションルーム


「14時半から朝霧の取り調べを始めるわ」


 室長がそういうと、私の方をみる。


「姫宮、わたしは一般人には手荒な真似をしないよう忠告したはずだけど、強制連行したのにはそれなりの理由があっての事だと思う。朝霧がAWだと判断した理由を聞かせてもらえるかしら?」


 それを聞いてくると思っていた。だが指輪のことはまだ話したくない。あまり考えたくは無いが、逆に私が拘束される可能性もあれば、捜査から外される可能性もある。グラウンドベースへ戻る間、もっともらしい答えを探していた。


「朝霧の行動は明らかに不自然です。あの人混みの中で約8秒間も立ち止まり、あの場所を見つめていた。朝霧の言動も不自然でしたし、彼女はあの場所で何があったのかを恐らく把握しているはず。そしてその当事者である可能性もある。拘束するには十分な理由なのでは?」


「確かに、貴女の言うことは間違ってはいない。朝霧が重要な事を知っていると私も確信している。だけどその証拠がない。あくまで推測に過ぎないわ」


 室長の言うとおりだ。だがここで引くわけにはいかない。推測でしかものを言っていないのは私が一番よく分かってる。


「仮に朝霧がAWだった場合、私の身に重大な危険が及ぶ可能性がありました。相手は私達の常識が通用しない相手なんです。拘束しなかった場合、私が殺される可能性もあったんですよ!」

 

 感情を乗せる。確かにその可能性もあったはずだ。感情論は好きでは無いが、これで突っ切るしか無い。


「――神蔵。あなたはどうなの?」


 室長が神蔵に意見を求める。私は神蔵の瞳を見つめる。


「――姫宮の判断は正しかったように思う。姫宮のマイク越しから分かったが、姫宮はショップの入り口で数秒間崩れ落ちていたようだ。それが実際の体調不良か朝霧を油断させるフェイクだったかは分からんが、朝霧から何かの精神的攻撃を受けた、という可能性も捨てきれない。その事を加味すると朝霧をスタンガンで無力化し拘束したことは十分な正当防衛かつ理由だったと言える」


「なるほどね…… だとしたら、今回の事は適正判断だったと理解するわ」


 ホッとした。神蔵のアシストが無ければ判断ミスと取られても仕方が無かっただろう。神蔵に感謝したい。


「姫宮、あれはフェイクだったのか? それとも本当に――何かあったのか?」

 

 神蔵が心配している。今でも思い出すだけで恐怖で足が竦みそうになる。


「ああ、アレね…… もちろんフェイクに決まってるわ。ちょっと盛大に転びすぎたけどね……」


 とっさにそう言ったものの…… これだけは本当のことを話しても良かったのかもしれない…… 私が朝霧を拘束する正当な理由にも繋がる。ダメだ、少しずつ正常な判断が出来なくなっているような気がする……


 そもそも取り調べの際に、朝霧が私の指輪のことを話したら、それで全てがバレる。朝霧が簡単に口を割るとも思えない……


「室長、取り調べは私一人でやらせて下さい」


「どうしたの急に?」


「朝霧がAWである可能性は高いと思います。もし朝霧がAWなら、取調室のマジックミラー越しの様子も見える可能性が高い。そうなると室長達に何らかの危害が加わる可能性もある。朝霧が情報を話さない可能性もあります。取調室には私一人、モニタリングルームにも人は入れないで下さい」


「……確かに姫宮さんの言い分も分かるが、それは少し危険すぎるんじゃないか?僕は反対だ」


 と葉山。


「――姫宮、あなたの言い分も分かるけど、私達はチームよ。あなた一人に危険を押し付ける訳にはいかないわ。朝霧が何処まで口を割らないかにもよるけど、当分は私も神蔵もモニタリングルームで監視するわ」


「姫宮、気負いすぎるな。何かあった場合、一人で対処できるとは思えん」

 

 ……流石にこればかりはどうしようもない。


 もし万が一、朝霧が私の指輪のことを口にすれば……


 その時はもう、正直に話すしか無いだろう……


 そんな最中に、突然室内にVARISからと思われる通知音が鳴った。

 

『ハーディ室長。警察庁公安部第七課、透鴇課長から入電です。繰り返します。警察庁公安部第七課、透鴇課長から入電です――』


 VARISからの音声がオペレーションルームに響く。


「VARIS、繋いで頂戴」


『了解。コネクトします』


 その音声と共に、大型モニターに透鴇の映像が映る。


「ハーディ室長。緊急で申し訳ないが、そちらで拘束していると思われる朝霧真由の身柄を今すぐ釈放してほしい」


(!?)


「――どういうことでしょうか?」


「さきほど霧峰重工とアルサード教会側からこちらに圧力があった。か弱い女性民間人を強制連行するほど、UCIAと公安は野蛮な組織なのかとね。理由はどうあれ釈放に応じないと今後の捜査や活動にかなりの悪影響が生じる。国防総省ペンタゴンに確認は取ってある。今すぐ釈放の手続きをしてほしい」


「――分かりました。直ちに釈放の手続きをします」


「すまない。こちらとしても助かる。今から霧峰重工の人間と朝霧を迎えに行く。よろしく頼む」


 そして映像が切れると同時に通話が終わった。


「捕まえちゃいけない人だった……みたいですね。霧峰重工とアルサード教会からの圧力となると、とんでもない人のような気もしますけど……」


 心配そうに私を見るクリス。


「ともかく…… こうなった以上は謝罪する必要が出てきたわ…… 恐らく上層部から何かしらの罰則の通達があると思われる。姫宮と神蔵は玄関口へ。葉山とクリスは朝霧の拘束を解除。玄関口へと連れてきて頂戴」


 室長が苛立ったようにそう言うと、室内に再びVARISからの通信が入る。


『ハーディ室長。国防総省からの緊急入電です。繰り返します。国防総省からの緊急入電です。室長室で至急対応をお願いします。繰り返します――』


「ああもう! 分かってるわよ!」


 室長は相当に苛立っているようだ。


 私の責任だ…… 右手にこの禍々しい指輪さえ嵌まっていなければ…… もっと慎重に様々なことが判断できたはずだ……


 今思えば、焦りすぎていたように感じる。アンティークショップの入り口で起きたあの怪異とも言うべき事象。それもあって私は焦りすぎていた。この指輪が嵌められているという無意識の恐怖。それが判断を狂わせている……


 朝霧にはもっと慎重に接する必要があった。だが今となってはもう遅い…… 私は重大な判断ミスを犯した…… それなりの責任を取ることになるだろう……


「姫宮」


「……ごめん。私の判断ミスだったわ。今回のことは私の独断でやったこと。神蔵に責任は無いわ……」


 私は静かにそう言って席を立とうとした。


「――馬鹿を言うな。いつから俺はお前の部下になった? バディである以上、責任は俺にもある。むしろお前に朝霧の聞き込みを任せた俺の責任だ。調子に乗るな」


 言葉に棘があるものの、神蔵は私を庇ってくれている…… その優しさが辛い……


「行くぞ。とりあえず頭を下げるしか無い。哲也に謝罪する気は一切無いがな……」


 神蔵はいつもそうだった。私のミスをなんだかんだと言いながら全て自分の責任だと庇ってくれていた。学生時代も、FBIでも、ずっと私のことを守ってくれていた…… 


 その事を思い出す度に、自分の不甲斐なさを痛感する……



同日 15時05分

UCIA日本支部捜査基地 グラウンドベース玄関口 ロータリー


「朝霧さん。今回は手荒な真似をして誠に申し訳ありませんでした……」


 入り口のロータリーで、私と神蔵、そして室長が朝霧に頭を下げる。クリスと葉山に連れられた朝霧は、俯いた表情で只、地面を見つめているようだった。


 改めてみると、華奢な女性だ。AWと断定しての強制連行だったが、朝霧がAWであるという確かな証拠は事以外には無い。もしも、ただ霊的な能力が高くて指輪が視えているだけ、と言うことであれば、取り返しの付かない事をした可能性がある。


 なにより私は、親身に接してくれていた朝霧をいきなり問い詰め、スタンガンで無力化しそのまま強制連行したのだ。朝霧からしたら私は嫌悪の対象として十分すぎるだろう。


「迎えが来たわ。失礼の無いようにね……」


 奥のトンネルから一台の車がやってくる。黒の高級セダンがゆっくりとロータリーに入ってきた。私達の目の前で止まると、運転席からは哲也、後席からは白のスーツを纏った一人の女性が降りてくる。


「お待ちしておりました。今回の非礼、誠にお詫び申し上げます……」


 室長が哲也とスーツの女性に頭を下げる。続けて私と神蔵も二人に頭を下げた。


「霧峰ヘビーインダストリアルコーポレーション本社、社長秘書のかみじようです。真由を強制連行した女性捜査官は、貴女ですか?」


 年齢は40代前半くらいだろうか…… その鋭い視線が私を見つめる。


「今回の強制連行は誠に申し訳なく――」

 

 お詫びを言い終える前に、上條は私の胸倉を掴みかかってきた。


 そして私の顔に強烈な平手打ちを浴びせ、更にもう一発強烈な裏拳が入る。


 突然のことだった…… 女性の力にしてはかなり強い…… 不意を突かれたこともあるが私は地面に倒れてしまった…… かなりの痛み。神蔵が詰め寄る。


「何もしてない真由をスタンガンで気絶させ強制連行するなんて貴女は何を考えているの! 次に同じ事をしたら今度は只じゃ置かないわ!」


 上條は激怒していた……


「――申し訳ございません。今日のところはお気持ちを鎮めては頂けないでしょうか? 姫宮は優秀な捜査官です。おそらく相方の指示に問題があったのでしょう」


 哲也が上條に寄り添い、そう声をかける。その鋭い目線で神蔵を睨んでいるようだ。  


「UCIA特別捜査官、神蔵久宗だ。姫宮の行動の責任は全て自分にある。手を挙げるなら俺にしてもらおうか」


 上條を睨み付け前に出る神蔵。


「神蔵! 下がりなさい!」


 途端に室長が止めに入る。その時、朝霧が静かに口を開いた。


「叔母様。もういいです…… 喧嘩はやめて下さい」


「真由……」


 俯いたままの朝霧が、その場を途端に鎮めた……

 

「車で待っていてください。すぐに向かいますから……」


 静かに朝霧がそう言うと、上條は心配そうに朝霧を見つめながら車へと戻っていく。


「――UCIA室長、ハーディさんで宜しかったでしょうか? 姫宮さんと少し二人きりにして頂けますか?」


 朝霧の言葉に室長がうなずく。室長と神蔵、葉山とクリスが心配そうにこちらを見ながら、施設へと戻っていく。


 そしてロータリーには、私と朝霧だけになった。


 朝霧は、静かに口を開く。

 

 「――姫宮さん。私はではありません」


(!?)


 突然の言葉だった。彼女は私達がAWを追っている事を、やはり知っていた……


「――そして忠告します。。これ以上進めば貴女は確実に闇に呑み込まれる。あと約57時間、心を無にして過ごしてください。そうすれば、その特殊な指輪は消失する筈です」

 

 まさかの朝霧の言葉…… 指輪に願い事を唱えられる期間は2週間では無い……?


「……朝霧さん、貴女は一体――」


 静かに朝霧は車へと戻っていく…… どういう訳だが、後を追おうにも足が動かない……


 そして車は、朝霧を乗せて地上へと戻っていく。


 あと57時間…… つまり指輪の効果は約3日間…… それを過ぎれば指輪は消失する。


 だがそれは、事も意味する……


 ”――そして忠告します。願いを唱えてはなりません。これ以上進めば貴女は確実に闇に呑み込まれる。あと約57時間、心を無にして過ごしてください”


 私の願い。それは神蔵の空白の一年間を知る事。これ以上、誰にも迷惑をかけたくない…… 哲也もこれ以上巻き込みたくは無い……


 どうする…… 私はどうしたらいい…… どうしたらいいの……


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