勇者②
野ねずみを食べた次の日の夜、俺達はようやく山越えを果たした。
体力はもう限界を超えている。腹が減って目眩がする。
でもまだゴールじゃなかった。山を越えてから1番近い村までも歩いて3日はかかるらしい。
そんな中、行商人に出会えたのは本当に幸運だったと思う。この人たちに少しだけ食料を分けてもらえれば助かるんだ。
「食料? ああ勿論あるさ。そんなに美味いもんじゃねぇがな」
髭面の行商人は馬車の荷台を指さし笑った。
それと同時に俺達は顔を見合せて自然に笑みが零れていた。
俺は懐からありったけの金を差し出した。金額にすれば50000ゼニーはあるはずだ。街ならそれなりの質と量の飯が食える金額でもある。
全部出す必要なんてこれっぽっちもないけど、今は金より食料が欲しいんだ。
腹いっぱい食べたい。味なんかどうでもいいさ。
「これで買えるだけ売ってくれないか?」
「……」
行商人はニヤリと笑うと何も言わずに金を分捕り、荷台を漁り始めた。
かなり態度が悪いけど、飯さえ買えればそんなことはどうでもいい。
そして戻ってきた行商人が持ってきたのは、1粒の豆だった。
「ほら、その金で買えるのはコイツだけだな」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。ははは、なんの冗談だよ。俺達は」
「腹が減ってる、だろ? 身なりを見ればわかるさ。おおかた、山越えで食料が足らなかったんだろ?」
商人は全てお見通しだった。そしてそれをわかった上で彼は続けた。
「商売ってのは需要と供給だ。いまアンタらは死ぬほど食料が欲しい。それなら、これっぽっちじゃ足りねぇよな?」
「おいお前!」
「戦士! ……馬鹿な事を、するんじゃない」
足元を見てきた商人を切りかかろうと戦士が剣を抜いた。
凄い剣幕だった。本当に殺してしまいそうな、優しい戦士の面影なんてどこにもない。
「なぜ止める勇者! こいつは人間じゃねぇ、人の皮を被った悪魔だ! そんな奴は俺が斬り殺してやる」
「おお、こわいこわい。そうかぁあんたら勇者一行か。それなら話は別だな。悪かったよふっかけて」
商人は両手を上げそう言ったが、言葉と表情がまるでちぐはぐだ。
醜悪な、それこそ本当に悪魔のような顔をしている。
「それならこの豆もやれねぇなぁ? 勇者様ならよォ、国からたんまり金を貰ってるんだろ? ケチケチしちゃぁいけねぇよ」
ああ、ダメだ。どうやら俺も限界だ。
なんで俺達がこんな目に遭わなきゃならない。
魔王討伐は世界の為だ。俺達の為じゃない。
なのになんで、コイツらは俺達を助けようとしないんだ?
「なぁ、教えてくれよ。俺達は一体何の為に戦い、誰の為にこんな辛い旅をしてるんだ? 魔王討伐はお前らだって望んでることだろ? そうだよ、俺達は全部お前らの為に──え?」
俺は激情を身を任せ剣に手をかけた。この悪魔を斬り殺してやろうと思って。
でも、俺の右手が剣を抜く事はなかった。
「悪い、勇者。我慢出来なかった。やっぱり俺って馬鹿だな」
そう言って返り血の着いた顔で戦士は笑った。
その隣でぴゅーぴゅーと面白いくらいの勢いで商人の首から血液が吹き出ている。
本当に首の皮一枚繋がっているだけだ。
魔法使いを何も言わず、戦士の肩に手を乗せ小さく震えていた。
僧侶は回復魔法を使おうともせずに、荷台からパンを取ってきて戦士に差し出した。
「本当に、大バカ野郎だよお前は……!」
悲しいから泣いている訳じゃない。悔しい訳でもない。それでも涙が止まらないのは、きっとこのバカ戦士が誰よりも優しいからだ。
戦士の優しさが痛かった。心が打ちひしがれるくらいに痛い。
俺は知ってるんだ。俺は卑怯者なんだ。
俺達が野ねずみを喰らった夜、泣きながら虫を食べていた戦士を。
あの時、なんで俺達は無理矢理にでも分けなかったんだろうな。
俺達はみんな空腹が限界だった。体が大きい戦士は、俺達よりも腹が減ってたに違いない。
それでも、戦士は俺達を優先したんだ。死ぬほど苦しい飢餓に耐えてまで、俺達に飯を食わせてくれたんだ。
すまない戦士。
俺はお前の優しさに2度も甘えてしまった。
すまない、本当に。
お前は人殺しなんかじゃ絶対ない。お前は、俺達を救ってくれたんだ。
ありがとう、心から礼を言う。
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