山越え①



「 魔法使い、俺達に力を貸してくれないか?」


そう言ってきたのは今世間で話題の勇者達じゃ。

勇者に僧侶、そして戦士。いつかワシの元に来るだろうとは思っていたが、ここまで早いと予想外じゃな。

ワシの予想ではあと3ヶ月程かかると思うていたのじゃが。

なんにせよ、やはりこれが運命と言うやつなのだろう。


「ふむ、よかろう。少し準備をする。宿屋で待っていてはくれぬか」


そう言うと勇者は頷きその場を去った。


不思議じゃ。こうしてあヤツらと会ったのは間違いなく今日が初めてのはずなのに、どうにもそんな気がしないのじゃ。

言葉にするのは難しいが……いや、きっと気の所為か。


それよりも、エルフの里の長としての立場もある。簡単には抜け出せそうにないのぅ。



「ふむ、こんな歳になって夜逃げを経験することになるとは、人生何があるかわからんの」









「ねぇ魔法使いさん、本当に大丈夫だったのでしょうか」


辺り一面暗闇に包まれた中、そう呟いたのは僧侶じゃった。

里を出てから既に丸1日が経過している。


「ふん、今更言うても仕方ないじゃろ。今頃里は大混乱じゃ。くくく、なんならお主らは指名手配されておるやもしれぬなぁ」


そう思うとなんだか少し楽しくなってくる。

里長になってから200年。外へでるのは久々じゃ。


「おいおい、それはまずいだろ!」

「落ち着けよ戦士。どの道俺達がもうここら辺にいる時間なんて大してないんだ、大丈夫さ。それに、捕まって処罰される事はないと思うよ。なんたって本当に族長様の夜逃げなんだからさ」


ははは、と笑う勇者もなんだか楽しそうじゃ。

この状況を理解していないのは、恐らく頭の悪い戦士のみじゃろう。

里の者も説得する為に使いを寄越す事はあっても、連行する事はないじゃろうな。


「そういう事じゃ。しかし戦士よ……くくく、お主、頭が悪いのう」

「う、うるせぇな! 俺は強くなれればそれでいいんだよ!」


年甲斐にもなく地団駄を踏んだ戦士は見ていて愉快な気分になる。もっといじめてやりたい所じゃが、可哀想なのでやめといてやろう。


そんな他愛もない会話をしている内に、巨大な山が見えてきた。

徒歩で越えるのはかなり手間じゃが、まずはあれを越えねば魔族領にはたどり着けぬ。

各々食料や水は持参しておるが、山越えは10日はかかるじゃろう。その間それら全てが保つとは考えにくい。


最悪、水はワシの魔法で出せばよいが食料はそうもいかぬ。苦労の絶えぬ旅になりそうじゃな。


山に入った直後「ピィーーー」という猛禽類の鳴き声がした。

歓迎されているのか、そうでないのか、ワシらのはるか上空をグルグルと回っている。











里を出てから7日目の朝、遂に食料が底を尽きた。

途中道を間違えたりもしてないはずじゃが、とても順調とは言えぬ。

不思議な話じゃが、同じところを回っているようなそんな感じがする。木々など見た目はどれも同じで、そう思ってしまうだけやもしれぬが。


この山に済む獣は臆病で知能が高い。狩猟経験の乏しいワシらでは、食料にするのは難しいじゃろう。里の狩人でも同行させるべきじゃったか。

一応、昨日寝る前に罠を張っておいたが、近寄った素振りもない。


近くに川があればと思うたが、そもそもこの山には川はない。

現実的な食料は今の所木の実の類だけじゃな。

今日、明日はまぁそれでもいいじゃろう。が、3日目からは軽い地獄を見そうじゃな。


皆それをわかっているのか、口数が少ない。


ただ戦士だけは変わらずに騒いでいる。全く、本当に頭の悪い奴じゃ。


これからも念の為罠を張るが、恐らく期待する結果にはならぬじゃろうな。








食料が尽きてから5日が経った。

そろそろ山を超えても良い頃合じゃが、残念ながらそのような気配はない。


空腹や登山での消耗からか苛立ちが募り、パーティは殺伐としている。


ワシは代わり映えのない日常から抜け出した事で年甲斐もなく浮かれていたのやもしれぬ。全く、里長が聞いて呆れる。不甲斐ない。


「少し休もう」


そう言ったのは勇者だった。たった5日で随分頬が痩けたの。もっとも、それはワシ含め全員に言える事じゃが。


その場に腰をかけると、疲れきった身体は勝手に寝転がってしまった。

誰も何も喋らない時間がしばらく続いた。

木々の間から見える夜空は、この旅の行く末を暗示するかのように真っ暗だった。


空腹のせいで思考すら纏まらぬとは、魔法使いの恥じゃな。


目を瞑りかけた時、空では鳥が縁を描きながら飛び回っていた。


「あれは……」


見た事がある。あの鳥はワシらが森に入る時にもいた。そんな偶然があるじゃろうか。

それに、ペースが遅いとはいえそろそろゴールは見えてきてもいい頃じゃ。


そうか、何故こんな単純な事さえも気が付かなかったのじゃ。まず間違いなくワシらは今、敵の術中におる。


幻術か催眠の類じゃな。


そうとなれば寝転がっているわけにはいかぬ。確証はないが試してみる価値は十分にある。


「魔法使い? 気でも狂ったのか?」


ワシが立ち上がり、天に杖を向けると戦士が茶々を入れてきおった。

こヤツは本当に口を開くとろくな言葉が出てこぬのぅ。


「やかましい、黙ってみとれ」


戦士はそう言われるとバツの悪そうな顔で座り込んだ。勇者と僧侶はワシが何をしようとしているのかに気が付いたのか、黙ってそれを見ている。


じゃが、何故鳥を堕とすかまでは理解しておらぬようじゃな。おおかた、飯が食えるとでも思っているのじゃろうな。




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