北の国②
僧侶が俺の事を、今までの事を覚えていなかった。
なんでそこまで考えなかった?
なんで仲間が覚えていると思った?
なんで自分に都合よく物事を考えたんだ?
俺は街中を走りながら自分に問い続けた。
少し考えれば分かることじゃないか。だって僧侶はそもそもあのループを認識していないんだから、覚えていないに決まってるじゃないか。
完全に俺のミスだ。
「くそ、なんなんだよ本当に……」
考えれば考える程苛立ちが募り、やり場のない怒りが俺の頭を支配していた。
こうなってくると俺だけが全てを知っている訳で、話もかなり変わってくる。
その前の計画はこうだった。
まず仲間を全員集め、効率よく魔族領を目指す。
前回の反省を活かし修行を兼ねた旅と、回復系アイテムを大量に用意。
僧侶には対炎装備と、前衛の心得。ほんの少しでも心得があるだけで、ボルカニカ戦では生存率に大きく影響するだろう。
勿論、基本的に各々が前衛後衛に徹してもらうつもりだ。ただやっぱりそれにも限界がある。俺と戦士が抜かれた場合、ただの後衛だとその時点で詰みに近い。
防御魔法を展開するにしたってあれは全方面防御じゃない。せいぜい正面だけだろうな。
ループでのほとんどの死因は懐にモグられての一撃だ。開幕速攻とかもあったけど、やっぱりそれに関しても反射神経とか、咄嗟の判断力に欠けてたせいだ。
魔王城に着くまでの戦いでパターンとして頭に刷り込まれてたんだろうな。私はあまり攻撃されないって。それも間違いだ。
俺が敵なら真っ先に僧侶を殺す。支援職はかなり厄介だからな。その点、悔しいけどボルカニカはやっぱり優秀だったんだと思う。
戦士は物理防御力上昇を念頭においた装備と、ヒットアンドアウェイ戦法で被弾を減らす立ち回りに変えてもらう。
魔法使いに関しては単純に火力の向上なんだけど、実際これが一番難しいだろうな。
そして俺は苦手な魔法の習得と、物理攻撃の火力の底上げ。
こうやって言葉にすると仲間がループを覚えていなくても問題ないように見える。
装備品はに関しては適当にそれっぽい話をすれば説得出来るとは思う。
でもそれ以外は別だ。戦士は言わば近接戦闘のスペシャリスト。アイツは馬鹿だけどやっぱりその才覚はずば抜けてたと思うし、それに戦士なりにプライドもある。馬鹿だけど。
魔法使いに関しても同じだ。魔法の分野において右に出る者はいないな。それに加えてアイツは凄く頭がいい。理論的に物事を考えるタイプの人間なんだ。
僧侶は多分言うことを聞いてくれるけど、前に出る事を他の2人は止めるだろうな。
じゃあ2人をどう説得するんだ?
俺は魔王と何回も戦ってきたから知ってるんだって?
そのまま言った所でイカれた勇者だと思われて、最悪の場合、別れる事になるかもな。ありえない話じゃない。
俺の立てた計画は、あの経験から生み出したものであって通常の戦闘ですると多分効率が悪い。だけど付け焼き刃の動き、ましてやぶっつけ本番なら尚更通用しない。
説得に失敗すれば間違いなく俺達は同じ道を辿ることになる。
でも説得する材料は絶望的だ。本来の動きとは異なる事をさせようとするんだ、それなりの材料がないと話にならない。
「どうすりゃいいんだよ……」
今回のループはイレギュラーが多い。
もし、万が一今回も失敗して……俺はまた戻れるのか?
そんな恐怖と不安が俺の中で渦巻いていた。
戻る事を前提にしちゃいけないのは分かってるけど、超回復薬すらないし仲間の記憶もない。俺には何も残っちゃいないんだ。
俺の不安を嘲笑うかのように、街ゆく人々は笑顔で充実しているようにも見えた。
走り続けているうちにいつの間にか街の外れまで来てしまったみたいだ。
「ここは……懐かしいな。俺が最初に僧侶と会った場所だったっけか」
街の外れにある壊れかけの女神像。
随分昔からあるらしく、今は街の中心に新しい女神像が建っている。どうせなら古いのをどうにかすれば良かったのにとは思うけど、何かしら事情があったんだろうな。
そんな女神像の前にあるこれまた壊れかけたベンチに腰をかけると、思わず深いため息が出た。
「……俺だけ知ってるって、結構しんどいんだな。多分僧侶だけじゃなくて、戦士と魔法使いも忘れてんだろうな」
4人での旅の思い出が次々と脳裏を過ぎる。
辛い旅ではあったけど、楽しい事も多かった。
初めて野宿した時の僧侶の飯、不味かったなぁ。
戦士はそれでも美味い美味いってバクバク食ってたな。その後体調崩してたけど。
魔法使いはそれみてケラケラ笑ってて、なんだかんだ皆楽しそうだった。
道中の街で祭りがあった時なんて、皆旅の事忘れて夢中になって楽しんだ。最後は酒飲み過ぎて二日酔いコースだったな。
あれもこれも、アイツらの中じゃ全部なかった事になってるんだな。
「俺だけが覚えてるのか……なんだよそれ……本当に……」
昔を思い返していると無性に悲しくなり、視界が滲み始めた。
やがてそれは頬を伝いポタポタと地面に垂れると、染みになり広がっていく。
そんな時、ふと隣に誰かが腰掛けてきた。俺は急いで涙を拭い顔を上げると、
「お隣失礼しますね。これ、良かったら使ってください」
「あ……僧侶」
真っ白いハンカチを差し出した僧侶がそこにはいた。
なんだか物凄い恥ずかしい所を見られた気もするけど、今更気にした所で仕方ない。
「ああ、ありがとう」
「いえいえ、お気になさらず」
俺はハンカチを受け取るとまだ溢れてくる涙を拭きとった。
僧侶はそんな俺を見ながらニコニコしている。なぜここが分かったんだろう。それと、なぜ追いかけてきたのだろう。
さっきの俺は明らかに怪しさしかないし、不審がられても当然だ。それをわざわざ追いかけるとは、とんだお人好だ。
「あの、凄く変な事を聞くようですけど……私達、何処かでお会いしたことありますか?」
「え?」
「あ! ごめんなさい、何となく初めて見た気がしなくって……えへへ、変ですよね。って、な、なんでまた泣いちゃうんですか!? 私そんなに変なこと言いましたか!?」
僧侶の言葉にまた涙が出てきた。
そうか、こいつらの記憶に俺はいなくてもきっと魂は覚えていてくれたんだ。あの辛い旅やループはなかったことにはならなかったんだ。そう思うと涙が止まらない。
それから俺は涙が枯れるまで恥ずかしげもなく泣いた。
僧侶は情緒不安定な俺見てアワアワしていた。
「あー……すっきりした。悪いね、最初から変なとこばっかり見せて」
「い、いえそれはいいんですけど……」
「俺さ、こんなんだけど実は勇者なんだ。よかったら、俺と一緒に来てくれないか?」
そう言うと僧侶は少し驚いた顔をしたが、直ぐに笑顔になり頷いた。
「なんだか、その言葉も聞いたことがある気がしますね。私で良かったらご一緒させてください!」
そうだよ。経緯は違くても、俺もこの言葉を言うのは二度目なんだ。
僧侶なら迷わず頷いてくれると思ったよ。
「ありがとう、これからよろしくな僧侶!」
「はい!」
さあ、次は戦士に会いに行こう。
あいつはきっと僧侶がいれば勝手に着いてくるだろうな。
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