北の国①
「んん……なんだか少し寝すぎちゃいました」
ぐぐぐっと伸びをして私は朝を迎えました。
なんだか物凄い恐い夢を見ていた気がします。でもそれがどんな夢で、なにが恐かったのかは思い出せそうにありません。
もしかしたらそれも魔王の影響かもしれませんね。
魔王って言うのは、簡単に言ってしまえば魔族の王様です。
なんでも、最近現れたみたいですよ。
それからというもの平和だった北の国では戦争が絶えません。相手が魔族だけならいいんですけど、どうも隣国とも争っているみたいなんですよね。
魔王の脅威に国同士が協力せずに争っているなんて、本当に王族の方は何を考えているのやら……
でもこんな事を口にしたら不敬罪で処罰されちゃうので、口が裂けても言えません。
でもですよ! 魔王は1000年前にも存在していたみたいなんです!
1000年前、魔族によって人は滅ぼされかけていました。
皆が絶望し憔悴しきっていた時、勇者様が現れて魔王を倒してくれたって伝わっています。
これがざっくりですけど伝わっている伝説です。きっとほとんどの人が知っている事ですよね。
多分調べればもっと細かい事もわかると思うんですが、そこまでする人はあまりいませんね。
だから私、信じてるんです。1000年後の今も、きっと勇者様が現れて魔王を倒してくれるって。
きっとそれは伝承で聞くよりもずっと辛くて、大変な事だと思います。
だからもし、勇者様が北の国に来てくれたら……勇者様に会えたなら、私はそのお手伝いをしたいんです。
こんな私でも一応僧侶として色んな魔法が使えるんですよ。
回復魔法や解毒魔法、それから防御魔法だって使えるんです! 他にもいくつか魔法は習得しているので、きっと役に立てるんじゃないかって思います。
僧侶として私は優秀な方ですが、あんまりこの力が好きではないんですよね。
だって私は自分一人では何も出来ませんから。誰かに戦ってもらって、その後ろでお手伝いするしか出来ないんです。
「でも結局、私が勇者様と旅に出る事はないんだろうなぁ」
そんな事をボヤいて、私はまだ眠たい目を擦ってベッドから降りました。
顔を洗って、ほんの少しだけお化粧したら着替えて今日もお仕事に行かなければなりません。
私の主なお仕事はお怪我した人の治療です。治療を受けに来る半数以上は北の国の兵隊さん達で、その理由はやっぱり他国との戦争で魔族やモンスターから受けたものではありません。
勿論お仕事ですから治療はしますけど、やっぱり少しだけ複雑です。
「あ! もうこんな時間! 急がないと遅れちゃう!」
◇
「はい、もう大丈夫ですよ! あんまり無理はしないでくださいね」
この聖堂が私の職場です。
そんなに大きくはないですけど凄く綺麗ですよね。
天井から吊るされた十字架と、そのすぐ後ろには光の色を変えて聖堂を照らすステンドグラス。お花も沢山ありますし、いい香りです。
今日はこうして人々の傷を癒している聖堂ですが、月に一度は神父様がいらしてくださって、神へのお祈りの場としても使われているんです。
その為に横長の椅子もズラリと並んでいます。
そんな聖堂も今日は患者さんが少ないので助かります。
今治療したのは近所のおじいさんで、転んで足を痛めてしまったみたいです。
「いつもありがとうね」
ぺこりと頭を下げてくれたおじいさんは、怪我が治って嬉しそうです。
「いつでもいらしてくださいね」
そんなおじいさんを見ていたら私も自然と笑顔になっていました。
お互いに手を振りおじいさんが帰ると私は1人になってしまいました。これはとてもいい事です。
聖堂が暇ということは皆さんお怪我をしていないと言う事なので、幸せな気分になります。
気分が良く、少しの間鼻歌を歌っていると聖堂の扉が開かれました。
「やっと見つけた。やっぱりここにいたんだな」
「貴方は……?」
黒髪の整った顔立ちのお兄さんですが、彼は怪我をしている様子もありません。でも私を探していた、と。口振りからするに私の事を知っているような感じですが、私はこの方を存じ上げません……
それと、何故でしょう……間違いなく初めてお会いしたはずですが、そう思えないんです。
ずっと一緒にいたような……それに彼を見ると不思議と幸せな気分になるんです。 一体何者なんでしょうか。
「あの、失礼ですが……何処かでお会いした事ありましたか?」
「え……あ、ああ、いや、はじめましてだよ。ごめん、変なこといっちゃって。よ、用事を思い出した、また来るよ」
彼はそう言うとそそくさと出て行ってしまいました。なんだかとても悲しそうな顔をしていました。
そして何故か、私の心臓はバクバクと何かを訴えるように騒ぎ始めたんです。
何かとても大切な事を忘れているような気がします。
「患者さんもいないですし、今日はもうお仕事終わり!」
きっとこの鼓動は追いかけろって事なんだと思います! もし患者さんが来たらごめんなさい!
あと、本音をいうとちょっぴり彼、好みです!
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