魔族の王①


余は魔を統べる王である。矮小な人間からは魔王などと呼ばれ恐れられているらしい。


魔族の王とは生まれながらにして王なのだ。

血の事を言っているのではない。歴代の王にはほとんど血縁はない。

余のように、生まれながらに圧倒的な力を持つものが王になるのだ。


余は吸血鬼の一族であり、先祖返りをしている。

数百年に一度あるかないかと言われる先祖返りは始祖の血が色濃く流れ、他の者とは保有する力の次元が違う。


余は生まれながらにして既に、当時の族長よりも優れていた。初めは崇められていたが、それも長くは続かなかった。

羨望はやがて妬みや恐れに変わり、段々と余は孤立していった。


だがどこから噂を聞いてきたのか、余の力を知った4代魔族の長が集まり余を王へと押し上げた。

やがて恐れていた者達も余の軍門に降り、ふたたび頭を垂れるようになった。


余はわからぬ。このような力のどこが良いのか。全くもって理解出来ぬ。

強過ぎる力は孤独を生む。他の魔族のように群れる事も出来ぬ。せいぜいが真似事だ。同族は愚か、両親にさえ恐怖される。


持たざる者には永劫にわからぬ事柄であろうな。


孤独とは辛いものだ。決して屠る事の出来ぬ敵だ。心を蝕み侵していく。


忌まわしい事に、余にはもう一つ逆らえぬ敵がいる。それは時だ。いや、そのように呼んでいるだけで正体もわかっておらぬ。


人間には勇者という存在がいる。

1000年前の勇者は並外れた力を持ち、先代の王を滅ぼした。魔族の言い伝えではそのようにあるが、到底信じられぬ。


魔族の王と言うのならば、余と同等の力を持っていたはずだ。そのような存在が人間如きに敗れるとは信じ難い。

そう、思っていたのだ。ほんの数刻……いや、最早何時かもわからぬな。


魔族の王が人間に敗れるのと同等に信じ難い事実がある。それは、余は繰り返しているのだ。同じ時を何千、何万と。

それだけならまだよい。その間、必ず余の前に勇者が現れるのだ。


勇者など取るに足らん存在だと思っていた。力の半分も出さぬ内に死んでしまう。敢えて先刻と言おうか、その時も余は勇者を殺した。造作もない事だった。


だが恐らく、奴は再び現れるであろう。


何千、何万と勇者をこの手で殺してきた。それは事実だ。

斬殺、絞殺、刺殺、撲殺、毒殺、圧殺、射殺ありとあらゆる殺した方をした。それなのに、奴は何度も現れる。


心の臓を抉り喰らっても、数刻もすれば奴は平然とした顔で余に剣を向ける。勇者の力はたかが知れている。奴が余を滅ぼす事は未来永劫叶わぬ。それは決して揺らぐ事のない事実だ。

余は奴よりも強い。それなのに、勇者は何故諦めぬ。勇者とて力の差が分からぬ訳ではあるまい。


あれはある種の化け物だ。


勇者よ、貴様のおかげで余は初めて恐怖というものを知った。


恐怖とは理解の届かぬ事だ。


恐怖とは過去であり現在であり、そして未来だ。

この繰り返される世界でただ一つ確かな感情だ。

勇者よ、貴様は何処にいるのだ。過去か、現在か、未来か。

無限にも思えるその命はどこから絞り出しているのだ。何を犠牲に得ているのか


余は、勇者が恐ろしい。だが、同時に親しみさえも感じている。

こうも何度も余に向かってくるのは貴様が初めてだ。何故余に恐怖しない。畏れない。

剣を受け、言葉を聞き、目を見て貴様を識ったしった


勇者よ、貴様は己の為に戦ってはいまい。

では一体誰の為だ? 親か友か、恋人か。どれも違う。

ただ漠然とした、勇者という肩書きに縛られているのだ。故に大局を見れずにいる。


人間の勇者とは、実に哀しき存在である。

弱者に祭り立てられ、他人の願いを押し付けられる。そうして使命感に駆り立てられ行動の軸を決めてしまう。

そこに信念などありはしない。


何故人間は魔族を滅ぼさんとする。答えは簡単だ、人間は魔族に恐怖している、その一点のみ。実にくだらん理由だ。

現代の魔族は言うほど人間に興味はない。降りかかる火の粉を払っているだけに過ぎないのだ。


余が生を受けるより前は、確かに魔族は人間領を攻めていた。が、そんな事は数百年前の話であり、今ではない。

その時に人間の魂に刻まれた恐怖が受け継がれ、本当の恐怖を知らぬ人間を駆り立てている。

そうして多大な意志は勇者を産み落とし、魔族との戦いを強いる。深く刻まれた恐怖から魂を解放する為だ。


勇者よ、貴様は余とよく似ている。

唯一無二の存在であり、種族の頂点。そして、弱者に祭り上げられた存在だ。


もし、どちらかの種が違えば友と呼び合えただろうか。

あるいは、時代か──


「魔王、今度こそお前を討つ」


思っていたより遅いが、やはり再び現れたか。

どうやら勇者の中で変化があったらしい。久しく見ぬ眼の輝きだ。

不変がようやく動き出したのやもしれぬな。


貴様は何を思い、その剣を握る。


何を願い、その刃を振るう。


「何度来ようと結果は変わらぬ」


勇者……いや、敢えて友と呼ぼう。


友よ、今一度余は貴様を屠ろう。

そして再び、余の前に戻ってくるがいい。


その時は刃を交えるのではなく、言葉を交わそうではないか。



もう、孤独はウンザリだ。



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