炎龍ボルカニカ
今回は勇者にとっては15000回目の、僧侶にとっては108回目の挑戦になる。
勇者が暗い表情と共に扉を開けたその時だった。
視界を覆い尽くす程の炎が勇者達に目掛けていた。
勿論、15000回も挑戦していればこういう攻撃パターンはウンザリするほど経験していた。
勇者は危なげなくひらりと躱す。
戦士は目を見開きながらも持ち前の反射神経で横っ飛び。
魔法使いに関しては常に防御結果を張っているのか、炎に呑まれても涼しい顔をしていた。
そして僧侶は、諦めた顔でその炎を受け入れた。
業火に焼かれるものたうちまわる事さえもしない。
悲鳴をあげる事もない。ただ、その場に立って地獄のような時間を耐え、ひたすらに死を待った。
「僧侶!」
「く……卑怯者めが……!」
戦士はうろたえ、どうにか火を消そうとするが魔法を使えない彼では何の役にも立たない。
魔法使いは水魔法で助けようとするも、温度が高すぎる炎を前に悟ってしまった。
消火するのは難しくない。ただ、それをしても彼女は助からないと。攻撃魔法、防御魔法は使えても魔法使いには回復魔法が使えない。
延命する事は可能だが、行き着く結末に変わりはないのだ。
本当の意味で彼女を助けるのなら、着火後ゼロコンマ1秒以内に消火する必要がある。
タイムリミットはもうずっと前に訪れた。
下唇をかみ魔法使いはボルカニカへと向き直り、杖で地面を小突いた。
そんな彼女を見た民衆は冷酷だと罵るだろう。
例えそうだとしても、偽善で僧侶を苦しめるくらいならどんな罵倒も受け入れようと、魔法使いは思っていた。
勇者はもう何を思うこともなく、燃え盛る炎に抱かれた僧侶をただ見ていた。
気のせいか少し口角が上がったようにも見えた。
「1人か……予定より少ないな。今ので死ねなかったことを後悔するといい」
低いが良く通る声だった。
先程の奇襲で僧侶を殺したというのに、それでは満足できないのか少し不満気な表情だ。
炎龍とはいえ、今の姿はどちらかと言うと人に近い。イメージとして龍人のドラゴニュートが1番近いのではないだろうか。
細身ではあるが無駄のないしなやか筋肉と、強靭な赤い龍鱗に覆われた躰。肘や膝には炎を纏い、手足の五指には鈍く光る尖爪。口から覗く牙は刀剣のような鋭さを備えていた。
炎のように深く赤い眼は威圧的であり、魔王軍NO.3にふさわしい存在感を醸し出していた。
しかし、ボルカニカを前に勇者はため息をついた。
このやり取りも数え切れないほど経験してきた勇者にとっては、やはり退屈で億劫なのかもしれない。
「ボルカニカ、今回のお前は直ぐに死ぬよ。そうだろ戦士」
チラと戦士を見ると、黒焦げになった僧侶の亡骸を抱え震えていた。
それは哀しみから来る震えなのか、それとも──。
「お前だけ許さない……! よくも、僧侶を……」
一度強く僧侶を抱くとそっと亡骸を置いた。
立ち上がった戦士は般若のような表情で背に差していた大剣を抜いた。
「がはは、何を言うかと思えば……我がここで死ぬと。面白い冗談だ──は?」
ボルカニカの足元は既に氷漬けにされている。
魔法使いの仕業だ。僧侶が焼かれ救助を諦めた時、既に攻撃の種を仕掛けていたのだ。
ゆっくり微量な水を送り続けていた。床に吸収された水は仄暗い室内では目立たない。
やがてボルカニカの足元まで達した時、それは氷の枷となりボルカニカの炎を封じ動きを止めた。
「冗談と思うたか。力を出させると面倒なのでな、早々の退場じゃが悪く思うでないぞ」
魔法使いは更に魔法を重ね、氷はボルカニカの下半身を包み込んだ。
「こんな氷程度、解けぬと思ったかッ! 舐めるなよ小娘!!」
ボっと全身から炎が噴き出る。その火力は凄まじく、離れている勇者でさえも皮膚が焼けそうになるほどだった。
そんな炎をまじかで受けた氷は跡形もなく溶け、水になる。
はずだった。しかし氷は一向に溶ける気配もない。それ所か徐々にボルカニカの上半身さえも凍りつかせようとしていた。
「その氷は決して溶けることはない。真の姿で我らを迎えなかった事がお主の敗因じゃな」
「僧侶の仇は俺がッ!!」
叫びながら更に火力をあげるボルカニカ。
戦士は大剣を引き摺るようにして駆け出した。
「うォォおぉおおおぉぉ──ッ!!」
雄叫びを上げ大剣を切り上げる。
復讐の念を乗せた刃は氷に触れると硝子を砕いたような高い音を響かせた。
ボルカニカの両脚は簡単に氷と共に砕け散る。
その後も戦士は一心不乱に大剣を振るった。斬る、と言うよりは潰すに近い行為だ。ただ力任せに、怒りに身を任せ叩き潰した。
「なぜ僧侶を……! なぜだ!!」
酷い有様だった。下半身は砕け散り、腹部は内臓ごとミンチになっている。
そこら中に血液は飛び散り、生臭さが充満していた。
顔面も同じだ。もはや原型を留めておらずこれがボルカニカだとわかる人物はいないだろう。
だがまだ死んではいなかった。ほとんど首だけになったボルカニカはそれでも浅い呼吸を繰り返し、勇者を睨みつけた。
「はぁ……はぁ……し、死ぬ前に……一つ聞かせてくれ……お前達は何故魔族を殺すのだ」
「……は?」
勇者は間の抜けた声を上げた。それはボルカニカの質問に呆れたからではない。
初めてだったのだ、ボルカニカがこのような事を口にするのは。
15000回挑み続けたが、こんな事は今までで一度もありはしなかった。
僧侶が開幕即死するパターンでは、この後悪態をついて死ぬ。それは何度も経験したし、今回もそういう風になると思っていた。
しかしどうだろう。幻聴ではなく、確かにボルカニカはそういったのだ。
(何かが、変わり始めた……? いや、レアなパターンってだけかもしれない。変に期待すると後が辛くなるだけだ)
そう冷めた思考をしていても身体は正直だ。心臓は高鳴り、全身の毛穴は開いている。
「わ、我々魔族は……いたずらに人間を襲ってはいない……それなのにどうして貴様ら人間は、我々を殺すのだ。食うでもなく、ただ殺すのだ……? ぐはッ……くそ、時間もない……答えろ勇者よ」
「一体、何を言って──」
その時だった。
血に濡れた大剣がボルカニカのは顔面に突き刺さった。ぐしゃっと嫌な音が響き、鮮血と共に潰れた脳みそがドロリと垂れ床に広がる。
「僧侶、仇は取ったぞ……!」
「てめェ──……くそが!」
殺ったのは戦士だった。頭に血が登った勇者は瞬間的に剣に手をかけたが、ギリギリ理性を保ち、抜く事はしなかった。
(もしかしたら何か聞けたかもしれない。この腐った世界から逃れられたかもしれない。本当に余計な事をしてくれたな……でもここで戦士を殺せば、デュラハン戦がキツくなる。堪えろ、今はまだ)
勇者は千載一遇のチャンスを逃した。
腸が煮えくり返る思いを殺し、一人次の扉へと手を掛けた。
何かが変わったかもしれない15000回目。勇者パーティの被害はいつも通り僧侶の死亡のみだった。
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