僧侶①
最近なんだか勇者さんの様子がおかしいんです!
目に光がないと言うか、以前のような正義感がないというか。とにかく、彼の身に何か異変が起こっているのは間違いありません。
そしてそれは彼だけじゃなくて私自身にも言えることです。
始まりがいつだったのかは覚えていません。
魔王城に来るまでの記憶はしっかりとあります。ですが、きっとそれは私の記憶ではないんだとおもいます。
自我、と言うと少し大袈裟だしなんだか変な話に聞こえるかもしれませんが、それ以外の言葉を私は知りません。とにかく、私にはいま自我があります。でも、それだけです。
意識はあります。でも、言葉が話せないんですよ。決まったタイミング、決まった言葉しか。
おかしいと思いませんか。自我があるのに身体の自由はないんですよ。
言葉だけじゃありません。他の人達が当たり前のように脚を動かして前に進んだり、当たり前のように腕を動かしたり、それが私にはできません。
精神と肉体の乖離、とでも言うのでしょうか。私は身体という檻の中で見て、感じているだけ。そんな感じでしょうか。
とにかく、出来るのはこうして考える事だけでこの悩みを打ち明ける事すら許されていないんです。
異変はこれだけじゃありません。
私、繰り返しているんです。この世界を。
なんて言うと何だかすっごく頭の悪い娘みたいですね。でも本当なんですよ!
一応数え間違いがなければ今回で108回。私が……いえ、私達が魔王へと挑んだ回数であり、私が死んだ回数です。本当はもっと多いのかもしれませんが、それを知る術を私は知りません。
これに気が付いた時は本当に混乱しましたよ。
だって死んでもまた時間が戻るんですよ? そりゃ混乱くらいしますとも。おとぎ話にしたってやりすぎってもんです!
最初の方は奇跡が起きたんじゃないかって、物凄く喜んだのを覚えています。炎に焼かれ死んだはずの私の隣には勇者さんがいて、戦士さん、それから魔法使いさんもいるんですから。
なんていうか感極まって泣きそうになっちゃいましたよ! でも私には泣く事すら出来なかったんですけどね。えへへ。
それが地獄の始まりだと気付いたのは、そうですね……5回目位でしょうか。
皆さん知らないでしょう? 焼死ってとっても苦しいんですよ。
お手入れを欠かさなかった肌がパチパチ音を立てて焼け焦げていくんです。それから次は肉ですね。これが痛いのなんの、最悪ですよこの時は。
火傷した事ある人ならほんの少しは分かると思いますけど、あれが全身って考えてみてください。
地獄ですよ、本当に。
熱いのと痛いのと、それ以外何も分からなくなります。すぐに死ねればいいんですけど、激痛のあまり意識を失う事も出来ずにそのままずっと焼かれてるんです。
それで一定の時間を過ぎるとなんでかは分かりませんが、息苦しくなったかと思うとぱったりと死にますね。ええ、あれには救われた気持ちになりますよ。
今でこそ多少慣れちゃいましたけど、それでもやっぱりいい気分じゃないですよ、自分が死ぬなんていうのは。
あと不思議なんですけど、これだけ数をこなしても実は魔王を見たこともないんですよね。
絶対炎龍ボルカニカっていう幹部に殺されちゃうんです! だから正直その後のことがわかりません。
もしかしたら勇者さんは何度も魔王を倒しているのかも知れませんし、考えたくはないですけど倒されてしまっているのかもしれません。
どちらにせよ、私が足を引っ張っているのに変わりはありません。それがとっても悔しいですし、凄く申し訳なく思ってます。
でもね、奇跡が一度だけあったんです。
私、自由に身体を動かせた事があるんですよ。何回目だっかな? 多分30回目くらいだった気がします。
神様って残酷ですよね。あの時、私は絶望しきっていましたし、心が死んでたんですよ。炎による恐怖で錯乱してたんでしょうね。
あ、動ける!って思った私は気が付けば短剣で自分の喉を斬ってました。
不思議と痛みはあんまりなくて、もう焼かれなくていいんだって、苦しまなくていいんだって心が楽になりました。
その時ね、初めて私泣けたんです。死ぬ直前でしたけど。
それと同時に生きたい、死にたくないって思っちゃったんです。自分で死のうとしたのに、変ですよね。
薄れゆく意識の中で、もう二度とこんな事しないって誓いましたよ。
次は必ず生きてボルカニカを倒すんだ! って。
でもね、次に時間が戻った時にはまた身体が動かせなくなっちゃいました。
今思うと、あの時が最後のチャンスだったのかなって凄く後悔してます。
もしあの時、皆をサポートしていれば未来は変わっていたかもしれません。
だから今はその時に向けて、絶対に心だけは守り切ろうって思ってるんです。
辛いです、苦しいです。出来ることなら逃げ出して、誰か他の人に役目を押し付けたいです。それでも私はもう一度、チャンスを掴むために魔王に……炎龍ボルカニカに挑みます。
例え何度焼かれ、何度殺されようと。
大切な人たちを守りたいから。
「いこう」
勇者さんがそう言って暗い表情で扉に手を掛けました。
もしかしたら彼もこの苦しみを……なんて、そんな訳ないですよね。こんな地獄みたいな世界、私一人で充分です。
出来たら、今度は死なないといいな。頑張れ私!
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