第3話 救済

―友達と遊ぶことなんて時間の無駄だと本気で信じていた。死の1週間前までは。―


ー'24/6/2

 なぜあいつは知っているんだ?僕は悪くない。全てはあいつが悪い。頭が痛い。―お父さんに殺されちゃうんだから―フィービー静かにしていてくれ。僕はお前の部屋で煙草を吸ったりしない...違う、全てが違う。僕に人は救えない。

 Kはクズだ、人間のクズだ。あんなに女をはべらせて、気持ち悪い。ああ、腹が立つ。Kなんて、

死ねばいいのに。


―'24/6/3

 僕を失望させないでくれ。僕は誰だ?Kを殺したいほど憎んでいたんじゃないか?おい。なんで《今日も》?俺は、昨日誓ったじゃないか。なんで?なんで《また》俺はKの女と寝たんだ?あのおぞましい行為になぜまた?麻雀だってそうだ。あんなのに金を賭けて何が楽しい?周りの奴らがみんな文無しになっていく。僕も例外じゃない。イカサマをしてるやつが勝った。何が楽しい?ああ神様、もしいるのなら僕を3日前に戻してくれ。明日が怖い。勉強にも手がつかない。二次試験の問題を解かないといけないのに。

 とんでもない悪文だ、あとで捨てよう。


―'24/6/4

 今日はなんともなかった。Kは学校に居なかった。またどこかを遊び歩いているんだろう。それでいてそこそこ頭いいのが癪に触る。そりゃそうだ、僕と同じ高校だもの。久しぶりの安寧は心地よい。今日は勉強も落ち着いてできた。時折思考は邪魔されるけどあまり影響はない。

 今度の週末はどこに行こうか。また現代彫刻展に行くのもいいか。あの宙に浮くような彫刻は良かった。自分の顔が映らなければもっと良かった。

 今日は静かだった。昨日、一昨日がまるで嘘のように。でもあれは現実だ。それを僕は受け入れなければならない。


ー’24/6/5

 今日も静かな1日であった。休日であるからかもしれない。雨の音を聞きながら読書をすることは趣がある。


ー'24/6/6

 最悪だ。悪夢は再びやって来た。僕にはもう彼を無視することはできない。自分が嫌いだ。少しでも楽しいと思ってしまった自分を悔やむ。でも1万円だ。それは我々高校生にとっては大金だ、それを一夜で。父には露見していない。僕は決して煙草を吸わない。俺は運がいい。俺はこの世で一番運のいい男だ。


―'24/6/7

 

 上の1行の空白に何が入るか?それは快楽だ。快楽とは言外に語られるべきものなのだ。それは美しくなめらかで・・・・言葉はいらない。そこに言葉という不完全でいびつなものの入る隙間は一切ない。俺は完全だ。日記をつけることさえ完全で閉じている。インクが紙の繊維に音もなく滑らかに染み込む様たるや!!語る言葉もいらない。この世界が俺のもののようだ。満月が高くのぼり俺を照らす。俺の死は全人類が絶望悲嘆に暮れ世界が殉教者の血で赤く染まるだろう。


―'24/6/8

 父親はいよいよ可哀想なやつだ。幼い頃から俺を殴り机に向かわせた。そして今は少し帰りが遅くなっただけで俺を殴り締め上げ、詰問する。こいつは知らないのだ。俺が何者か。「俺はお前を愛してるから、こうやって叱るんだ」だと?笑わせるな。本当に愛してるなら殴らねえよ。医者のくせにそんなことも分からないのか。お前に奪われた全てはこの1週間で俺が手に入れた。

 頭が痛い。気分が悪い。吐き気がする。親父は俺を部屋に閉じ込めた。空気が悪い、人権侵害だ。ただな、俺には方法がある。手に入れたこの薬を飲めば俺は大覚様のようになれる。Kがそう言った、間違いない。さあクソ親父、終わりだ。お前の死はもうすぐだ。


―'24/6/9

 僕は狂っていた。薬はまだ飲んでないが毒だろう。全身が痛い。僕はなんて馬鹿なんだろう。もう死にたい。父になんと顔向けすればいいだろう。だめだ、もう。僕なんて。何もかもできやしない。だめだな、もう。ははは。惨めなもんだ。結局僕は自室に閉じこもっていればよかったんだ。空はこんなに青いのに。だめだな。あーあ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 結局のところ僕は父親のていのいい人形に過ぎなかったんだろう。だから、できないことがあったり、言うことを聞かなければいとも簡単に殴ることができたし、良心が咎めることもなかったのだろう。死の前の一週間は結果的に僕を早く殺すことになったが、それは同時に大きな意味を持つこととなった。なぜなら、それは僕が父の掌から自力で脱出した唯一の(そして最初で最後の)体験になったからだ。


 僕は今でも父のことを思い出す。そして少し暗い気持ちになる。僕は父のせいで前世を台無しにされた。そして幸か不幸かまたこうして生きている。それも元の世界で。いつか父に会えたら一発殴ってやりたいものだ。ひょっとすると礼を言うかもしれない。ひょっとすると楽しく語らうかもしれない。ひょっとすると呑みに出かけるかもしれない。ただそれも文句を言うなり殴るなりした後のことだ。

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