ぬくもりはどこへ、 【テーマ:ハグ】

「もういいよ、私が消えれば満足なんでしょ!?父親が消えられたみたいにさ!?」


今まで出す事のできなかった大声。歯向かう事のできなかった私。


そして、私は唖然としている母親を背に家から飛び出す。


高校2年生、氷織ひおりゆい





私の居場所はどこにもなかった。




父は私が中学校に上がった頃に知らない女とどこかに消えて、母親はそれ以来、私が作った食事を取る以外寝てばかり。ご飯は母が起きる前に済ませ、後から母が食べる。

それ以外の時間、たまに起きて私に暴言を吐き、時には暴力も振るってくる。


今までずっと我慢していた。


でも、もう我慢できなかった。



私は今日、初めて母親に反逆した。










時は遡り、自分の席でぼーっとしているお昼休み。


今日もいつも通り、どうにもならない家庭環境のことを考えていた。


「結ちゃん、今日も浮かない顔。また家で何かあったの?」



私に話しかけてきてくれたのは、陽毬ひまりつむぎ

茶髪のロングヘアで目が大きくてかわいい。そして名前の通り、人のことを気遣ったり励ましたりできるすごく暖かい人。

家の事情もありクラスで除け者にされてた私のことを、唯一気にかけてくれる。


「……また、母親にさ。 色々言われて」


そう呟くように言うと、短い空白があり。


「……そっか」


その一言だけを、彼女は口にした。


私の詳しい家の事情を知っているのは彼女だけで、他のクラスメイトは噂話か何かを鵜呑みにしているが、いちいち私が訂正するのも面倒なのでそのままにしている。


陽毬さんは複雑な身の上を知って気を遣っているのか、私の話に変に共感したり意見を言ったり、同情することはしない。


何かの事情を抱えている人との関わり方をわかっているところが、私が彼女に好感をもっている理由かもしれない。


「……ねぇ、今日一緒にあのお店見に行かない?」

突然話が変わる。まぁ、私の身の上話なんて面白くないしその方がありがたい。

「雑貨屋さん……? うん、いいよ。どうせ暇だし」


私達は同じ趣味がある。それは裁縫。


バイトなどでコツコツと貯めたなけなしのお金で材料を買い、ぬいぐるみなどを作る。


寝てばかりで働かない母親の生活費、私の食費も賄わなければいけないため材料は少しずつしか買えない。


だけど裁縫をしている時だけは、辛いことを全て忘れて集中できるから、その時間を大事にしている。


陽毬さんは元々手先が器用だったらしく、家庭科の授業をきっかけに裁縫を趣味にしたらしい。

自分のバッグに手縫いのワッペンをつけるなど、立体作品より平面的な作品を作ることが得意。


しかも、糸の間隔が驚くほど均等なのに、これが手縫いだというのだ。

だから私は時々、陽毬さんに裁縫を教えてもらったりすることもある。


「この間、すごく可愛いデザインの布見つけたんだ! 結ちゃんにも見せたい」

キラキラした目で興奮したように話す陽毬さん。小動物みたいでちょっと可愛いかも。

「ん……いいよ。私も見てみたい」

「じゃあ決まりね!わたしは少し先生に用事があるから、玄関で待っててねっ」

彼女は小さくウインクすると、小走りで私の元を去っていった。


……すごくあざとい。




この後私たちは約束通り、帰り道の途中にある小さな雑貨屋さんを見にいった。


一通り見てまわった後、バイトの時間が迫っていたため先に雑貨屋さんを抜け、家路につく私。


商店街を右に曲がり、人が少ない住宅街の中に入る。


「陽毬さん、可愛かったな」

なんとなく、そう声に出す。

いつもは売っている布のデザインや価格などを見ることに集中している私だったが、今日はずっと陽毬さんに目を奪われてしまった。


目をキラキラさせたり、私に見せたいと言っていた布のデザインの素晴らしさをとても楽しそうに語る彼女がとても愛おしく思えたのだ。


惚れちゃったのかな、なんてくだらないことを考えて苦笑する私。


珍しく今日は少し嬉しい気分になりながら、あっという間に家に到着する。


そして、家のドアを開ける。


「おかえりぃ、ゆーいっ」

思わず吐きそうになるほど甘ったるい声が聞こえ、ハッと視線を上げる。


なんで、あんたが……。

母親が、この時間5時に起きてるの……!?



「……ただいま。 ……なによ」



声を冷たく低くして返す。


すると、意外な言葉が返ってきた。


「ふふ、結の部屋から面白いものが見つかってねぇ」


これよぉ、と私に手に持っていたものを見せつけてくる。


私は呆気に取られ、声が詰まりそうになる。

趣味のことは、バレたら何か言われそうで隠してたのに……。



「……ひ、どい……。 どう、して、こんなぁ……」


母親の手に握られていたのは、ちぎられて綿があちこちから飛び出し、惨い見た目に変わり果ててしまったうさぎのぬいぐるみ。

それも初めて私が作ったもので、一番大事だったぬいぐるみ……。


「あたしに隠れてこそこそしてるなぁって思ったら、まさかこんなしょっぼいものにお金をかけてたなんてねぇ」


………………しょぼい……?


私の中で、ずっと押し込んでいた感情が燃え上がってくる。



「どうせ大したものも作れないしお金にもならないのに、なんでこんなことにお金なんて使ってるの?」



……うっさい。



「どうせ碌なことしてないと思ったら予想通りね」



……うざい。



「そんな趣味に時間とお金を費やしてる暇があったら、私の生活費に回しなさいよ」



……黙ってよ。



「大体こんなゴミを……」



……今なんて言ったの。 ゴミ?


それが、ゴミ?


……黙れよ。 あんたなんかが……。




あんたなんかが、私の趣味を語んなよ!!!!




もう、何も考えられなかった。

一思いに、母親の腹を蹴り上げる。


人を蹴るってこんな感触なんだ。蹴り上げた瞬間そう考えた。


鈍い音がして、母はその場に崩れ落ちる。

何かを喋ろうとしてはいるが、声が出せずに私を睨んでいる。相当効いているらしい。


今にも私を引き裂き、体の外に出てきてしまいそうなほどに膨れ上がった恨みと怒りをどうにか抑える。





「お前なんかが私の趣味を語るな……お前なんかが、私の趣味を否定しないでよ!!!


お前なんかが母親なのは私の一生の恥だよ。ろくに働かずに寝てばかりで、私のこともほとんどほったらかして、生活費は全部私が負担して。

それで私は学校に行ってる時間以外ほとんどバイトバイトバイトバイト……別に、趣味にお金使うくらいいいじゃん。私が働いて稼いでるお金でしょう!?」


喋れば喋るほど、怒りがこみ上げてくる。


「あのぬいぐるみがもしゴミなら、お前はそれ以下だよ!!

暴言も暴力ももういい加減うんざりなの!!」


ずっと我慢してきたけど、反抗したい気持ちを抑えてた心のダムはもう決壊したんだ。

これが、私の本心なんだ。

もう私はこの家に居られない。居たくない。

「もういいよ、私が消えれば満足なんでしょ!?父親が消えられたみたいにさ!?」


ハッとしたように目を開く母。


ああ、言ってしまった。遂に言えた。言ってやった。


もう、ここには絶対に戻ってこない。


ここじゃないどこかで生きるか、死のう。


そう決意した私は、背を向けて家を飛び出したーー。


「いかないで」


外に出る直前、そうかすれた声が聞こえたような気がしたが、きっと都合のいい聞き間違いだと思う。



外は雨だった。


なんでよ、さっきまで晴れてたのに。と悪態をつく。


仕方ない、雨宿りをしなきゃ。


とりあえず近くのバス停の屋根に避難する。


地面を打ち付けるような、そんな大雨。


すでに制服はびしょ濡れだ。冷たい。寒い。


涙が溢れてくる。


「違う、これは涙じゃない……髪の毛から水が落ちてる、だけ……」

そう1人で強がろうとしたけど、駄目だった。

涙はとめどなく溢れて、すでに雨で濡れた頬と、怒りに満ちていた私の感情を上書きしていく。

もう、自分の手元も見えない。


家族に愛されなかった自分が、酷く可哀想に思えて。寂しくて……辛くて。

私の心のダムは、反抗したいという感情だけでなく、思いきり泣きたいという思いも押し留めていたようだった。



視線を感じるが、泣き止むことができない。


頭の中は悲しみ一色で、外で泣いていることに恥ずかしさも感じない。




「え……結ちゃん、大丈夫!?」


幻聴か。そう思いつつ顔を上げる。


涙で埋め尽くされた視界に映る、ぼんやりとした輪郭。


茶色の髪。大きい目。


「ひ、まり……さん」

噛み締めるように呟く。


「どうしたの、こんなところで……その前に、涙拭いてあげるね!」

柔らかい布の感触が目に伝わってきて、同時に視界が晴れる。

「家で何かあったの、というかびしょびしょじゃん!急いで……」

「陽毬、さん」


ただ、ぬくもりを感じたかった。

その一心で、陽毬さんをぎゅっと抱きしめる。

「……結、ちゃん?」

「あ……ごめんなさ……今すぐに離れ……」

「いいよ」

陽毬さんは私を離さず、そのまま抱きしめ返してくれた。


「陽毬さん、あのね……」

打ち明けたい気持ちに駆られ、私はさっき起こったことを陽毬さんに全部話した。

一度拭いてくれた涙がまた溢れ出してしまう。

「……そっか」

「ぅ……うん……っ」

情けない。人に抱きつきながら泣いてしまうなんて。

「よく頑張ったね、結ちゃん」

いつもの陽毬さんの口調よりも少し低く、大人しく、何より安心させてくれる声が耳元で響く。


「辛いのに、長い間耐えたんだね……わたしだったらもう、死んじゃってたかも」

くすっと笑いながら彼女は穏やかな声色でそう言う。


「陽毬さん……私……わた、し……」

「なぁに?」



「ぬくもりって……あるのかな」



変なことを涙ながらに口走る私。

聞きたくなった。

家族にも愛されず、周りからも敬遠された私は、ぬくもりなんて、愛なんて、そんなものないんじゃないかって。


本当は欲しかった。ぬくもりも、愛もいっぱい与えられたかった。


私が生きてていいって、思いたかった。


……でも、そんな甘い言葉で絆されたくはない、そう思った。

「……っ、やっぱり答えなくても……」

「ううん、あるよ」

陽毬さんはトン、トンと私の背中を叩く。

「…………本当にあるの……?」

都合のいい言葉なんて聞きたくない、と言わんばかりに私は陽毬さんの胸元に顔を埋める。


少し耳を澄ますと、彼女の優しい心臓の音が聞こえる。

安心できる、そんな鼓動が、耳元を包み込む。

「わたしたちが友達でいることも、今抱きしめているのもきっとぬくもりが与えたなんだよ」


どういうことだろう。そう思っていると、陽毬さんが続ける。


「こうやって結ちゃんを抱きしめられるのも、結ちゃんの涙を拭いて落ち着かせるのも、きっと人間が他者に与えられるぬくもりなんだよ。それに」


「……それに?」


「わたしたちの間に結ばれた、友達っていう関係も。また一つのぬくもりだと思うんだ」




「だって、お互いに楽しくいられる時間を共有できるんだよ。お互いに支えられるんだよ。すごくあったかい関係だって思わない? 私はそれも一つのぬくもりだと思う」

次の言葉を待つ。彼女は話しながらわたしの背中を撫でる。心地良い。


「ぬくもりって、お互い大切だって思える人と人が結った縁の間にできるものなんだと思うよ。 ……だって、わたしは貴女のことが大切だから」


……すごく、暖かい。言葉の一つ一つが、私の心を暖めてくる。


陽毬さんの言うことすべてが納得できる。

正しいのかはわからない。ただ優しい言葉に縋りたいだけかもしれない。

だけど彼女が紡いだ言葉は、言葉じゃ表せない、そんな説得力があった。


「……っ、あの……っ」


嗚咽を漏らしながら、必死に声を絞り出す。


「ありがとう……っ、紬ちゃん……っ」


彼女はただ何も言わず、私を抱きしめ続ける。


私は、彼女のその暖かさを離すまいと、再び強く抱きしめた。







【感想戦】


長い。普通の僕が書いてる小説3話分くらい書いた。


恋愛とはちょっと違ったかな?とは思うけど、僕個人としては1番納得できる形に出来たかなと思います。


書いてて思ったこと。

シリーズ化したい。続き書きたい。めっちゃ書きたい。


連載、一瞬考えたけど時間足りなすぎるのでショートに回しました。

ショートにしては前回のバレンタインメチャキライヤーの3倍書いてるのなんなんでしょう。

まぁ、多分続き書いちゃいます、人間なので。

今回は心理描写を特に細かくしたいなと思って、そこを結構凝って書きました。

あとは重めの設定くっつけてたら説明とかで結構文字数食うようになったりしてます。

はい。いつも通りの僕です。

あと髪色は迷ったら茶色にしてます。(適当)

読みやすさは落ちましたが満足度は高い(はず)。高くなかったらこんなに書いてる意味ない。


人との縁の暖かさが裏テーマなことや裁縫が共通の趣味なのもあり、主人公は「結」、ヒロイン(ヒーロー?)は「紬」(紡という意味も込めて)にしました。気付いた人いたかな。



また、最後の方の紬ちゃんのセリフ、結の独白にはお互いの名前を入れています、探してみてね。


てなわけで最後まで読んでくれてありがとうございました、ショートシリーズはちょくちょくネタがあれば更新していくのでよろしくお願いします!


また、コメントや評価もついでにしてってくれると嬉しいです、すごく参考になります!


ばいばい!

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