健が作ったうどんは、煮すぎて若干麺がぐにゃぐにゃになっていたが、食べられないこともなかった。

 「ごめんなさい、煮込みすぎですね。」

 「そんなことないよ。美味しいよ。」

 「ありがとうございます。」

 健少年は、照れくさそうに笑い、ずるずるとうどんを啜った。

 「姉ちゃんは、どんなの作るんですか? 旨い?」

 「さぁ……、どんなのだっけなぁ。」

 誤魔化したわけでもなく、本気で思い出せなかった。

 美沙子が毎日作ってくれた食事。その内容が、きれいに頭から抜けていた。虚無を食っていたような気すらしてきた。

 変なの、と、健が笑う。

 「俺に飯を抜かせないくらい、ご飯にこだわりはあるのに、中身はなんでもいいんですね。」

 「……まあね。」

 そっけない返事になったけれど、それ以上の言葉が浮かばなかった。

 ご飯にこだわりはある

 その台詞には違和感があった。

 こだわりがあるわけじゃない。その証拠に、自分の飯は、平気で抜かす。それでも、健が飯を抜くことを看過できないのは……。

 それ以上考えたくない。

 シュンは黙ってうどんを啜る。

 そして、どうしてもこの少年とこの部屋で過ごしたくはないと思う。

 どうしても、彼はシュンに自分の少年時代を思い出させる。

 「これ食べたら、俺出てくね。」

 これも煮込み過ぎで固くなった肉を噛みちぎりながら、シュンが言うと、健少年はびっくりしたように両目を見開き、首を左右に振った。

 「行かないでください。」

 単純な台詞だった。宿主の家を出るとき、度々かけられてきた台詞だった。でも、こんなに純度が高い『行かないでください』ははじめて聞いた。

 宿主たちの『行かないでください』には、打算があった。一人にされたくないと。せめてこの夜が明けるまでは、と。

 でも、健少年の『行かないでください』には、なんの打算も感じられなかった。

 彼はただ単純に、シュンを引き留めようとしている。

 「追い出すみたいになるの、嫌です。どうしてもって言うなら、俺が出ていきます。」

 言いつのる健を見ていると、不意にシュンは泣きたくなった。

 ヒモとして、女の、時には男の、言葉の裏の裏まで読まなくては生きてこられなかった。こんなふうに、まっすぐに言葉をぶつけられたのは、本当に、随分と久しぶりだったのだ。 

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