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美沙子は料理をよくした。だから冷蔵庫も、一人暮らし用の小さなものではなく、ファミリーサイズの大きなものだ。狭い台所にも、調味料やらなにやらもきちんとストックされている。その気になれば、なんだって作れる用意はあるのだ。シュンがなにも作らないだけで。
美沙子は、度々食事を抜くシュンのことを、生きる意志の放棄だと言って詰った。でもシュンは、一食や二食飯を抜いたところで、人間がどうもなりはしないことをよく知っていた。とても、よく。
健少年は、今にも口笛でも吹き出しそうな様子で、冷凍庫の中を漁る。
「ほんとになんでもありますね。姉ちゃん、ちゃんとしてんだなぁ。」
そうだね、と、シュンは中身がぎっしり詰まった冷凍庫を健少年の頭の上から軽く覗き込む。
「うどんはこれで……、具はなににしましょうか。油揚げもあるし、肉とかほうれん草とか、色々ありますよ。」
「なんでもいいよ。健くんが食べたいので。」
本当に、シュンはなんでもいいのだ。食べ物に好き嫌いはない。なんだって、口の中に入れて噛み砕き、飲み込んでしまえばおんなじだ。そういうシュンの食事のとり方も、美沙子は随分と嫌がっていた。作り手としては、張り合いのない相手だったのだろう。
健少年はシュンの返事を、良い方に解釈したらしく、くるりとシュンの方に首をめぐらし、破顔一笑した。
「俺の好きなのだと……肉とほうれん草かなぁ。」
「いいね。美味しそう。」
シュンは適当に相槌を打ち、二口あるコンロの右側の方に片手鍋を置いた。
すると健少年は不安そうな表情になり、右手に持った冷凍うどんと、左手に持った小分けにされた豚肉とほうれん草を持って立ち尽くした。
「……なにから入れたらいいんですかね……? 水とか、入れます……?」
薄氷を踏むような表情で彼がそんなことを言うから、シュンは思わず笑ってしまった。
どうやら彼は、シュン以上の料理音痴らしい。
ふと、美沙子の白い手が、魔法みたいに次々と料理を生み出していく後ろ姿を思い出した。
料理の上手い下手は遺伝しない。
そんな新たな発見を胸に秘めつつ、シュンは片手鍋に適当な量の水を注いだ。
「ここに肉とほうれん草入れればいいんじゃない? それが煮えたらうどん入れたら。」
すると健少年は、感心した面持ちでシュンを見上げた。
「シュンさんって、料理、できるんですねぇ。」
妙に感じ入った物言いをするから、シュンは我慢できずに吹き出した。
「これくらいは料理って言わないし、俺も料理はできないよ。」
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