2
シュンが電車で20分ほどかけて家に帰ると、靴脱には見たことのないスニーカーが脱ぎ捨ててあった。
もう、美沙子の弟とやらがきている。
シュンはげっそりした気分で、それでも短い廊下を抜け、リビングへつながるドアを開けた。
すると、見るからにまだ未成年の男の子が、ピンク色のソファに腰を掛け、白いテーブルの上にノートを広げて、右手に握ったボールペンをくるくると回していた。
「あ、こんにちは。」
顔を上げた少年が、ごく日常的な響きの声で言った。
「……こんにちは。」
その日常味に押されるみたいに、シュンも短く挨拶をすると、ぱたん、とノートを閉じた少年が、にこりと笑った。
「美沙子の弟の、健って言います。一週間よろしくお願いします!」
「……よろしく。」
この、多分中学生か高校生の男の子が、美沙子と自分の関係をどう把握しているのかわからないので、シュンは言葉少なで曖昧に笑い返してみせた。
そのシュンの微妙な態度を気にした様子もなく、少年は快活に話し続けた。
「急に押しかけてごめんなさい。家出したはいいけど、行くとこなくて。美沙子は家に来いって言ってくれたけど、シュンさんがいるってことはついさっき電話で聞いたんです。だから、本当にごめんなさい。俺、適当にソファで寝るし、迷惑かけないんで、ちょっとの間置いといてください。」
多分この子供は、シュンを美沙子の恋人として認識している。
とりあえずそれだけ把握したシュンは、愛想のいい作り笑いを浮かべて見せた
「気にしなくていいんだよ。俺、荷物だけ持ったら友達の家に泊まりに行くからさ。」
荷物といったって、大したものはない。身体一つで女の家に転がり込んでしまえばそれでよかった。それなのに美沙子の家に顔を出してしまったのは、多分、ただの好奇心だ。
シュンには親兄弟がいないので、美沙子の弟とかいう存在に興味が湧いたのだ。
その好奇心も、健少年の顔を見たところでだいたい満たされた。大きな猫目や、艶のある黒髪が美沙子とよく似た骨の細い少年。それ以上知りたいこともなかった。
シュンとしては、人間の内面なんてどうでもいいのだ。
人は、言葉や表情でいくらでも自分を偽る。だったら、初対面の顔と声、それだけ知れば十分だった。他に知りたいこともない。
じゃあね、と、シュンが健に背中を向けると、健少年は慌てたようにシュンを引き止めてきた。
「待ってください! そんな、シュンさんを追い出すようなこと、俺できないです! 俺がどっか行くとこ探すんで、出ていかないでください!」
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