姉弟

美里

 美沙子が一週間の出稼ぎに行くという。福島の風俗店へ出向き、一週間寮に入ってみっちり稼ぐのだ。

 シュンは美沙子を駅まで見送りに行った。

 大きなカートを引いた美沙子は、白いコートの背中に自慢の黒髪を垂らし、シュンの一歩先を歩いた。

 「……女、連れ込んだりしないでね。」

 ぼそりと美沙子が言葉を吐き出す。

 「うん。」

 シュンは素直に頷いた。

 飼い主である美沙子の言う事を、いつでもシュンは、極力守ってきた。美沙子とてそれを知らないわけでもないだろうに、出稼ぎ前には必ずいつも、同じことを言う。

 「……出て行きたくなったら、勝手に出ていっていいわ。」

 「うん。」

 またシュンは素直に頷いた。

 美沙子を宿主と定めてはや半年あまり。そろそろ次の女を見つけないとな、と思わないわけでもなかった。

 あまり長くともに暮らすと、妙な具合に情が生まれる。そうなると、やりずらくなる。なにがというわけでもないが、色々と、非情に振る舞いづらくなる。

 美沙子が乗る新幹線が、ホームに滑りこんでくる。

 じゃあ、来週、と、手をふろうとしたシュンに、美沙子がやけに思い詰めた声を発した。

 「弟が、」

 「うん?」

 「弟が、来るから。」

 「弟?」

 そう、と、美沙子が大きな猫目でシュンを見上げた。やはりその目にも、ぎゅっと思い詰めた光が宿っていた。

 美沙子に弟がいることすら知らなかったシュンは、唖然としてその目を見返した。

 「え、なに? 家に?」

 美沙子は薄い胸に顎を沈めるように頷くと、素早く新幹線に乗り込んだ。

 待って、と、シュンは手を伸ばしたのだが、二人の間を新幹線のドアが遮った。

 美沙子はドア越しにもじっとシュンを見ていた。

 シュンは驚いたままその目を見返していたのだが、すぐに新幹線は走り去っていった。

 弟が来るって、なんで? 

 口に出しそこねた問いかけが、胸の中に蟠っていたが、その問いへの美沙子の答えは分かりきっていた。

 牽制だ。シュンが女を連れ込んだりできないように、弟を送り込んできたのだ。

 先月美沙子が10日間の出稼ぎに出たとき、シュンは確かに家に女を連れ込んだ。

 バレていないと思っていたが、どうやらバレていたらしい。女というものは、どうしてだか、どいつもこいつも千里眼だ。

 だからって、ヒモを飼っている家に、実の弟を送り込んでくるやつがいるか。

 釈然としないまま、シュンはとにかく家に帰ってみることにする。家に弟とやらがやってくる前に、荷物をまとめて出ていこうと思ったのだ。

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