第2話

 余暉よきという仙女は、遥か昔、神仙峡でいちばん美しい仙女であったが、彼女は、降誕から二百年経っても命を流転させることなく千年もの間生き存えており、仙女たちの嘲笑の的となった彼女は、老醜を隠すように、神仙峡の西端にある薄暗い洞窟の中でひっそりと暮らしていた。


「あの日から、もうすぐ八百年になるのか……『光陰矢の如し』とは、よう言うたもんじゃ。我も、もうそろそろ潮時かの。幻でもよい。最期にあのお方に逢いたいのう……」


 余暉の瞳から涙が溢れ、皺皺になった頬を伝った。


***

 八百年前、余暉は、他の仙女と同様「醜」を忌み嫌い、蓮華湖に身を投げようとしていた。刹那、


「おやめなさい! 命を粗末にしてはならない!」

 という声が聴こえてきた。


 そこに居たのは現世うつしよの雄の人間だった。戦乱の世に厭気が差し、死に物狂いで戦場から逃げ出し、気付いたらここに居たのだという。余暉は彼を愛し、彼もまた、余暉を愛した。しかし、すでに満身創痍だった男は、間もなく息絶えた。余暉は、彼の分まで生きようと心に誓った。

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