第19章 試合ポスター

 マリが電柱にポスターが貼っている。うしろで子ども達が見ている。


【10月10日 秋の大祭】


【魚のつかみ取り無料】


【ルミ対キヨシ 夫婦ボクシング対決!】


【手石漁港特設会場 入場料(ジムへの寄付)800円 特設リングサイド5千円(飲みもの付き)】


 電柱にポスターを貼り終わって、横に置いていた丸めたポスターの束を持ち上げて、ジョギングを再開する。子ども達は電柱に貼ったポスターを食い入るように見ている。


 マリがコンビニに入っていく。レジにいた女性に向かって礼をする。


「ちーす」


 レジにいた女性、親しげに笑う。


「おー、マリ」


 マリがレジに近づいて言う。


「先輩、これ貼ってくんないすか?」


 先輩、ちょっと顔がくもる。


「ボクシングの?うーん、ルミちゃんのこと応援してんだけどさー、うちダメなの。悪いけど」


 マリが「えー」という顔をする。


「タダオさん、反対ですか?」


 先輩、顔をくもらせたまま言う。


「そーなのよー。あんな男尊女卑なヤツだなんて知らなかった」


 マリが食い下がる。


「先輩、応援してくださいよー」


 先輩、顔をくもらせている。


「そーしたいけどさー。あ。リングサイドは買うよ。あんたに頼めばいいんだろ?1枚で悪いけど」


 マリ、あたりを見回す。


「あざーす。今度チケット持ってきまーす。あ。あそこのポストの横どうすか?タダオさんに見つかったら、あたしが勝手に貼ってったってことにして」


 先輩、ちょっと考える。


「よし。いいね。ちょっとした反抗。許す」


 マリは満面の笑みで一礼する。


「ちーす」


 マリがコンビニの外に出て、ポストの横にポスターを貼っている。派手なアロハを着た若者3人組が近寄ってきた。


「マリ、夫婦ボクシングの試合ってほんとにやんのか?」


 マリは振り返って一瞥して、もとに戻ってポスターを貼り始める。ダルそうに言う。


「やるよ」


 3人組の太めの男が笑う。


「バッカじゃねーの。女が男に勝てるわけねーじゃん」


 マリ、振り返らせずに言う。


「それは、やってみないとわかんないよ」


 別の痩せた男が甘い声を出す。


「マリ、今度、箱根行かねーか?オレ、車買ったんだ」


 マリ、振り返らずに言う。


「行かない。練習あるもん」


 太めの男が言う。


「1日くらい、オレたちに付き合ってくれよー。オレのアソコでKOしてやっからー」


 3人組が爆笑した。マリが振り返る。太めの男が続ける。


「オッパイちっちゃいのは気にすんな。オレ、我慢すっから」


 マリが「ち」と舌打ちして、急に動いて太めの男に右手で軽くビンタを食らわせる。太めの男、ビックリする。


「な、なにすんだ」


 マリが、太めの男の右脇に左フックでビンタを軽く食らわせる。続いて、右フックで左ホホに軽くビンタを食らわせる。太めの男、右脇と左ホホを押さえて呆然とする。マリが言う。


「あー、殴りてー。お前らなんか、弱っちいのにぃー。ちくしょー」


 マリは横に置いていた丸めたポスターの束を持ち上げて、ジョギングで去って行く。



「えぇーっ?!ダメなのー!?」


 マリがコーチに抗議気味に言う。コーチがゴハンを食べながら答える。


「ダメでしょ」


 机には、ミッコ、ルミ、マリ、コーチが座っていて、夕食を食べている。マリが同意を求めるようにルミに言う。


「ねー、ルミちゃん、ダメ?」


 ルミが言う。


「うーん、セーフのような気もするけど、、、」


 ミッコが口をはさむ。


「セーフでしょ」


 コーチがちょっと驚いて、ミッコを見る。


「セーフですか?」


 ミッコ、自信ありげに答える。


「セーフよー。そんな無礼なこと言われても女は黙ってろなんて、ヒドいじゃない」


 コーチ、ゴハンを食べながら、少し考えて、言う。


「じゃ、セーフ」


 マリとルミが驚く。


「え、えぇー!」


「えぇー!?」


 コーチ、二人が驚いたことに驚く。


「え?なに?」


 マリとルミとコーチ、3人でちょっと見つめ合う。マリが口を開く。


「だ、だって、ミッコちゃんの言うことはスッキリ通るの?」


 コーチ、「なーんだ」というふうにゴハンを口に運ぶのを再開する。


「通るでしょ。ミッコさん、賢いし。婦人会長だし。ビジネスも繁盛させてるし」


 マリとルミ、コーチを見てる。ミッコも見てる。思いがけないことを言われて、コーチ以外は動けない。時計の針がカチカチ鳴ってる。コーチだけがゴハンを食べている。沈黙に耐えかねて、マリが尋ねる。


「じゃ、じゃ、じゃー、あのバカと試合していい?」


 コーチ、ゴハンを食べながら「うーん」と考える。


「ミッコさん、どーすか?」


 ミッコ、話を振られてちょっと驚く。


「どうかしらねー。あんまり男と試合ばっかりしてるジムってのもねー」


 コーチ、マリの方に目を移す。


「ダメだって」


 マリとルミが驚く。


「え、えぇー!」


「えぇー!?」


 コーチ、二人が驚いたことに驚く。


「え?なに?」


 マリとルミとコーチ、3人でちょっと見つめ合う。マリが口を開く。


「やっぱり、ミッコちゃんの言うことはスッキリ通るのね」


 コーチ、「なーんだ」というふうにゴハンを口に運ぶのを再開する。


「通るでしょ」


 コーチだけがゴハンを食べている。3人はコーチを見てる。時計の針がカチカチ鳴ってる。

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