第16章 後楽園ホール

 ジムの中。ルミがサンドバッグを打っている。少し離れた所に立って、ガムテープで作った小さな的に向かって、一発一発狙いながら、ドスン、ドスンと鈍い音を響かせている。サンドバッグがよく揺れる。


 ゴングが鳴る。


 ルミが休憩のためイスに座ると、ハツばーちゃんとタツばーちゃんが右と左から腕を揉む。ミツばーちゃんは、正面からウチワであおぎながら水を出す。


 少し離れた入口から、コーチとミッコが見ている。コーチが苦笑しながら言う。


「世界チャンピオンみたいな扱いだ」


 ミッコも苦笑する。


「ばーちゃん達が生きがい見つけたんだから、許してあげて。さ、ついでだから、あたしも練習しよー」


 スキップしながら更衣室に入っていく。



「はー、これが後楽園ホールかー」


 エレベーターを降りた踊り場で、透明なドアの向こうの劇場みたいなドアを見ながら漁協長が言った。


「そうです。これが聖地です。懐かしいなー」


 横に立っているコーチが言った。


「ここのリングに立たれたことがあるんですね?」


 横に立っているJBC事務局の人が言った。コーチが答える。


「えぇ。3度ほど。懐かしいです。昔とあんまり変わらないですね」


 JBC事務局の人が漁協長に話かける。


「中をご覧になりますか?今日はリング片付けてますけど、、、」


 漁協長、目の前に手をあげて左右に振る。


「いえ、それは、しかるべき時を待ちましょう」


 JBC事務局の人が言う。


「では、事務局で話しましょうか。座って」


 JBC事務局の応接ソファーに3人が座っている。事務局の人が話だす。


「実はボクシング人口減ってましてね、ですから事務局としては、これからジムを出す方をすごーく応援したいんですよ」


 向かいに座っている漁協長とコーチが何度もうなづく。事務局の人が続ける。


「ただしですね、やっぱりですね、最初のハードルは皆さん越えてらっしゃるんでね、平等性っていうか、やっぱりね、そーゆーことがね、、、」


 なんか話しづらそうなので、漁協長が引き取る。


「ごもっともです。1千万円、どーしても必要なんですね」


 事務局の人が困りながら言う。


「えぇ。やっぱり、そのー、加盟金ですのでね、世界チャンピオンが300万円、日本チャンピオンが500万円、その他の方が1千万円、皆さん、お振り込みいただいた後にジム開かれてますのでね、、、」


 漁協長が引き取る。


「なるほど、なるほど、そこは、もー、どーしても頼むよ、と。他のことは何となく融通してあげるけども、そこだけは頼むよ、と」


 事務局の人、困ったような笑顔で言う。


「そーなんですよー。そこはね、どーしても融通できないんですよー」


 漁協長が引き取る。


「いや、ごもっともです。ごもっともです」



 東京駅から伊豆下田駅に向かう踊り子号が走っている。左側に海が見えている。あまり明るくない顔で漁協長が話し出す。


「スポンサー見つかんないんだよー。南伊豆も下田も、平成に入って以降ずっと景気悪いからさー、、、」


 コーチもあまり明るくない顔で「はぁ」とうなづく。


 二人は少し海を眺める。眺めながら、漁協長が言う。


「でもさ、コーチには感謝してるよ。女どもがイキイキしてていいよ」


 コーチが答える。


「そうすか?」


 漁協長が深くうなづく。


「うん。今から考えると、前はみんなドンヨリしてたよ。何となく」


 コーチが尋ねる。


「そんなもんすか?」


 漁協長が深くうなづく。


「うん。だからさ、プロ加盟できなくても続けてよね」


 コーチが作り笑いで応じる。


「もちろん。でも、だいじょぶすか?漁協長の立場みたいなものは、、、」


 漁協長、笑顔でコーチを見る。


「なんかルミ対キヨシの試合が大好評でさ、あーゆーの何だかんだとやってけば、何とかなるんじゃねーかなー。婦人部は味方だし」


 コーチが「そうすか」と言う。


 漁協長が海を見る。コーチも海を見る。少したって、漁協長がポツリと言う。


「でも、プロがいた方がいいよねー?」


 コーチもポツリと言う。


「そうっすねー」


 踊り子語が、伊豆下田駅に向かっている。

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