第11章 ルミとDVダンナ
手石漁港の先にある灯台が、海の夜を照らしている。回りに障害物は何もないので、光の帯がどの方向にも一直線に伸びていく。
漁港近くの集落にも、夜の灯りがともっている。
家の中で、すごく谷間の見える服を着て、ユー子が料理をしている。
オカズが一品できたので、ダイニングでかしこまってお茶を飲んでいるコーチの前に出す。当然、谷間を見せながら。当然、コーチは食い入るように谷間を見つめる。ユー子は、吐息を多く含んだセクシーな声で言った。
「はい。コーチ、どーぞーぉ、、、」
そこへマリの声が。
「やめて、ユー子ちゃん、不必要にセクシーな声出して」
ユー子は「ち」という顔をして、吐息を含まない普通の声で言った。
「なによ。あんた。なんでいつもくっついてくんのよ」
マリはお箸を持って、「ゴハンくれ」という顔でコーチの横に座っている。
「だってー、ユー子ちゃん危ないからさー。コーチも谷間に釘付けだしー」
コーチ、どぎまぎする。
「えっ!?今夜は見てないでしょ?」
マリとユー子、半開きの目になってコーチを凝視する。コーチ、さらにどぎまぎする。
「えっ!?えっ!?見てた??見てた??」
それに答えず、ユー子、マリとコーチの茶碗にゴハンを入れて渡す。コーチとマリ、「いただきます」と言って食べ始める。ユー子は二人の向かいに座って、ワインを飲み始める。ユー子が尋ねる。
「プロになれそうなコはいるの?」
コーチ、楽しそうに話題に乗る。
「いますよ。このマリちゃんとルミちゃん」
ユー子が言う。
「あぁ、ルミは熱心にやってるわねー。いつも走ってるし、、、」
マリが口を挟む。
「あたしも一緒に走ってるよ」
ユー子、自分でワインをついで飲む。マリが笑う。
「あっ、ガン無視」
ユー子も笑う。ワインを一口飲むと、あっちの方を見ながらつぶやくように言った。
「プロになれるといいねー。なんか、夢あるよねー」
コーチが食べながら尋ねる。
「夢ありますか?」
ユー子、やはりあっちの方を見ながら答える。
「あるよー。なんかさー、男に媚び売ってるだけじゃなくてさー、女の未来が広がる感じじゃない?」
コーチが不思議そうに言う。
「そうですかね?」
ユー子がマリを力強い眼で見ながら言う。
「そうよー。マリ、プロになるんだよ」
マリがゴハンを食べながらうなづく。
「ういす」
ユー子が笑った。
「よし。プロになったら、アタシが豊胸手術代出してやる!」
マリが高ぶる。
「えぇぇ!ほんとー?うれしー!!」
マリ、茶碗とお箸を机の上に置いて、向かいにいるユー子に抱きつく。それを見たコーチが冷ややかに言う。
「やめなよ。豊胸なんて」
マリとユー子が抱き合いながら、半開きの眼でコーチを見る。コーチはパクパクごはんを食べている。マリが非難するように言う。
「巨乳好きとは思えないお言葉」
コーチがごはんを食べながら答える。
「オレはナチュラルな巨乳が好きなんだよ。ありがたーい感じするだろ?自然が生んだ造形美っていう感じだろ?」
ユー子が首をかしげる。自分の席に座ってゴハンを食べ始めたマリに向かって尋ねる。
「する?」
マリも首をかしげる。かまわずコーチが続ける。
「なんつーかな、わかりやすく言えば、貧乳は普通のステーキに普通の盛り合わせね。ポテトとかニンジンとか。巨乳は普通のステーキに付け合わせがエッグベネディクトなの」
ユー子が驚いたように言う。
「そーなの?」
マリが不思議そうに言う。
「エッグベネディクトってなに?」
かまわずコーチが続ける。
「でもさ、普通のステーキに普通の盛り合わせが大好きっていう人もたくさんいるんだよ。それぞれに頼みたいモノは違うわけだから。だから偽物のエッグベネディクトなんていらないんだよ。普通の盛り合わせが大好きな人が頼めなくなっちゃうんだぞ」
ユー子がコーチを見つめながら言う。
「うーん、なんか説得力あるような、全然ないような」
マリが二人を交互に見ながら言う。
「エッグベネディクトってなに?」
夕食が終わり、ユー子の家の玄関からコーチとマリが出てくる。マリが注意している。
「ダメダメ、ほら、ユー子ちゃん、谷間見せないの」
ユー子、苦笑する。
「ほんとにうるさいわね、あんたはもう」
ユー子、声音を変えてコーチに言う。
「コーチ、また来週ね。他の女のとこで浮気しちゃダメよ。来週は大好きなハンバーグ作ってあげるから」
コーチ、苦笑しながらユー子の谷間に言う。
「はい。お願いします。楽しみです」
ドアを閉めて、コーチとマリが歩き出す。マリが言う。
「じゃ、あたしロードして帰るから」
コーチが言う。
「お。気をつけてな。あんまりやり過ぎちゃダメだよ」
「はーい」と言って、マリが走りだした。
マリが走って漁港についた。漁協事務所の近くの街灯の下で足踏みしながらあたりを見回す。ジムの方に何かを見つけて細めにして凝視するが、暗くてよくわからないので走って近づいた。ジムの前の花壇にルミが座っていた。マリが言う。
「ルミちゃん、どしたの?ロードやろうよ」
ルミが少し下を見ながら、疲れたような声で言う。
「よし。やるか」
と立ち上がった。なんか、不自然に下を見ている。マリがジッと見る。ルミが上目遣いにマリを見る。マリが、やっぱりジッと見ている。マリが近づいて、ルミの顔をのぞきこもうとする。ルミがイヤイヤしながら別の方向を見る。マリがイヤイヤするルミを押しとどめて、下から顔をのぞき込むと、眼が腫れていた。マリ、ルミの手を引いて街灯の下に行く。ルミの顔をじっくり見て、マリが言う。
「またー?」
夜のジムの灯りがついた。ルミとマリと、救急箱を持った漁協長が入ってきた。少したってコーチが入ってきた。母レーコもクミを連れてやってきた。次にトモ子がジムに入ってきて、ルミを見て言った。
「まーた、あいつ、、、」
ルミが手当を受けながら言う。
「いいんです。いいんです。あたしが悪かったんです。また浮気疑っちゃって、、、」
母レーコが怒る。
「あんたが悪かったことなんて、ないよ。あいつ、昔っからしょーもないやつだったけど、治んないんだねー」
漁協長が怒りを隠しながら、ルミに言う。
「あのな、今までは、言ってみりゃ人ごとだったから黙ってたけどな、今は、オレたちは仲間だからな、オレたちの将来有望なジム生が殴られてんだぞ。冗談じゃないぞ。もう黙ってられないぞ」
マリと母レーコとトモ子が同意する。
「そうそう」
「そーだそーだ」
「さーすが、イチローくん、いいこと言う」
漁協長、やわらかい顔になってルミに尋ねる。
「ルミ、言っちゃ悪いけどよ、何であんなのといるんだら?」
ルミ、視線を床に落とす。トモ子が言う。
「そーよ、そーよ。あんな、静岡伊勢丹のライスカレー食べるのが生きがいみたいな男」
ルミが言う。
「だってぇ、、、あたし、親もキョウダイもいないし、行くとこないし、、、あいつ、やさしい時はやさしいし、、、」
ルミ以外の全員が首を振る。左右に大きく振る。トモ子があきれたように言う。
「ダメ男好きの女が言うことだねー」
母レーコがあきれ顔で言う。
「あいつ、ほんとダメだよ。この前もサ、横浜から来た二人組を一生懸命ナンパしててさ、ほーんとみっともない。あたし注意したの。みっともないからやめな、って」
ルミが力なく笑う。
「あの野郎、、、」
マリがおかしそうに言う。
「ははは。急に怖いルミちゃんが出てきた」
トモ子が言う。
「もうさ、ぶちのめしちゃいなよ。我慢してないで」
マリと母レーコがはやし立てる。
「いいぞいいそ」
「ぶちのめしちゃえー」
コーチが困った顔で言う。
「ダメだよ。ケンカにボクシング使っちゃ」
みんな驚いてコーチを見た。マリが言う。
「え?ダメなの?」
コーチはマリを見つめて言う。
「ダメだよ」
不服そうなマリ。コーチはマリとルミを交互に見ながら言う。
「キミたちは、普通の人に比べると武器を持ったようなもんなんだぞ。ボクシングっていう武器ね。だから、武器を持ってない人にそれを使っちゃいけないんだよ。それが武器を持つ責任てもんだ」
みんな、シーンとする。コーチが念を押す。
「つか、ボクシングやってるやってない関係なく、試合以外で人を殴っちゃダメだよ」
みんなシーンとする。マリが新しいタオルを絞ってルミの顔にあてた。と、急に漁協長がヒザを叩いた。
「よし。わかった。試合やろう、試合。ルミとダンナで。それに観客集めてスポンサーも募ろう。1千万円の足しにしよう!」
女性陣はみんな「えぇー!?」となった。コーチは漁協長を指さして言う。
「さーすが漁協長、それ名案!」
今度はコーチを見て女性陣はみんな「えぇー!?」となった。漁協長が説明する。
「だってさ、お前らも知ってるら?あいつ、格好つけの卑怯なやつだから、もしもよ、やっちゃいけないことだけおさ、もしももしも、ルミに家の中でKOされても嘘ついて、弁解して、言い訳して、ごまかすら」
みんなうなづいた。「確かに」となった。漁協長が続ける。
「それに、ルミがプロになっちゃったら、もうそんなことできねーら?ダンナ殴ったって、ライセンス剥奪だら?」
みんな一層うなづいた。「確かに」となった。漁協長が、さらに続ける。
「そしたら、この秋祭りあたりに、ルミがプロになる前にリング上でハッキリやっつけちゃえばどうよ?な、ルミ」
ルミが漁協長の発言を食い気味に、唸るように言う。
「おーし」
マリがおかしがった。
「あ、すっかりやる気満点」
ルミがマリを見て言った。
「あのやろー、今までの借りまとめて返してやる」
マリは半笑いでコーチを見て言った。
「すごい気合い入ってる」
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