第3話 【兄視点】ルイス・ギョーはかく語りき



 ◇



(妹がいて良いことなんて、何もなかった……)


 この国において、貴族が学ぶための教育機関は、十五歳で入学が許可される王立の高等学園しかない。それまでは各家庭で雇った教師に学ぶために、貴族の子供たちが他の子供たちと繋がるための接点は親同士の付き合いに依存する。


 まだ家庭で学ぶ年齢ののルイス・ギョーにとって、対等の遊び友達となり得る子供は、そう多くない。同じ家格の公爵家同士は、政治的な理由から馴れ合うことがない。となると格下の貴族との付き合いになるわけだが、王族に次ぐ格である公爵家の跡取り息子のクリスなど、他家の子供にとっては、「粗相するな」「出しゃばるな」「良い気分にさせて取り入れ」と親に小突かれて気を張るだけの、面白くない相手でしかない。更にその冷たい容姿と相まって、ルイスは子供達から敬遠されがちだった。


 なのに妹のクラウディアときたら、公爵令嬢であることをすんなり受け止め、利用し、周囲を振り回し、高笑いして、存分に謳歌しているではないか。それだけでも忌々しいというのに、その悪鬼ぶりが子供達の間で噂となり、裏では「魔王」の二つ名で呼ばれている。おかげでルイスなど、「魔王の兄」呼ばわりだ。


 そんなクラウディアのことである。貴族の家々を謝罪して回った後、自分が辞めさせた教師の家にまで行って戻ってもらえるよう説き伏せたらしいが、手の込んだことをするからには、相当の企てがあるに違いないとクリスは踏んでいた。なにせ奴は魔王なのだ。


 何をするにしても、もう王族に嫁すと決まった身なのだからわきまえろ、我が公爵家も兄たる自分も巻き込むなよ、と、釘を刺しに部屋まで行ったはずだった。だが……


(なんだあれは。顔だけは可愛い奴だとは思っていたが)


 妹の部屋を出たルイスは、自室に向かう廊下を歩きながら歯噛みした。


(殊勝な態度で怯ませる、新しい技か? 俺まで騙しにくるとは、何を狙っているんだ? なんにせよ……)


 そこまできて、思わず両手で顔を覆うと、クリスはその場にしゃがみ込んだ。


 先程の妹の姿が脳裏に蘇る。

 泣いていたのだろうか。湿度を持った長い睫毛、その奥に輝くアクアマリンのような澄んだ大きな瞳、俯く紅潮した頬を伝った涙が、絹の髪の間を縫って、陶器で作られたような白い小さな手に、はらはらと透明な雫となって落ちていた。その様は正に……


「天使っっっ!!」


 思わず声に出してしまい、慌てて口を押さえた。周囲に人影が無いのを確認して、その場で一頻ひとしきり悶絶する。


 可愛い過ぎる! 我が妹は地上に舞い降りた天使か! 神様ありがとうっっっ!! 


 神に感謝したところで、すっかり妹の術中にハマっているらしい自分に地団駄を踏み、はたと気付く。


(しかし、さっきのは演技とも思えなかったな。まさか、ではあるけれど、本気で言っているのか? だとしたら……)


 ルイスはその場で暫し考え込み、踵を返して両親の部屋へと向かい始めた。その顔は決意で輝き、足取りは軽やかだが力強い。


(何に自信を失ったかは知らないが、このまま、勘違いしていた方があの子のためだ。両親を始め屋敷中の者に厳戒令をいて、今後、クラウの美しさについて一切言及せぬようにしなければ。とにもかくにも、自分の美しさをクラウに気付かせてはいけない!)


 この日、一人のこじらせ妹馬鹿シスコンが誕生した。




 

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