第6話

 幾日か経ちました。


 泉を出て、森を出て、道を歩む。

 闇を、白銀の光を加護にして。


 何もない日も。

 風が強く吹く日も。

 雨が冷たく降る日も。


 ナイアードは独り歩いていきました。

 そうしていつしか町に辿り着きました。


 人と会話のできないナイアードは水に紛れて声を集めました。

 水面の光景を集めました。


 たくさんの声と光景がありました。

 分からない言葉や不可思議なものもありました。

 その中からナイアードは探しました。


 太陽のような髪をした、胸にあたたかい何かをくれたあの人を……。



 あの人を見つけました。

 たくさんの光景の中から見つけました。


 何人かの人に連れられていました。

 前よりも怪我が増えていました。

 両手を縛られていました。


 分からない言葉を拾いました。

 その中にありました。


『プロドティス』


 あの人が言った言葉でした。

 嫌な予感がしました。


 何かされてしまう。

 ナイアードはそう思い夜のうちに広場にある水辺へと移動しました。


 そこには木で組まれた台がありました。

 その木は見るだけでも気持ち悪い感覚を覚えるものでした。


 ナイアードは水辺に隠れました。



 明くる日。

 水に隠れながら広場を見ていました。

 人の行き交いが激しい場所でした。

 それでも、日が高々と昇るとより多くの人が現れて集まってきました。


 あの木の台に。


 ざわざわと不快なざわめき。


『あー……まただ』


 そう呟いたのは小さな小魚でした。

 なにがとナイアードは問い掛けます。


『あれは人間が“公開処刑”と呼んでいる行事。人間が人間を殺して娯楽にしているものだ。ほら、あの台は血を吸ってとても気持ち悪い。あれを見て笑うのだから人間は可笑しい生き物だ』


 ナイアードは全身が凍り付きました。


 まさか。


 ナイアードは冷たい予感を否定しようとしました。

 しかし、一際ざわつい先を見つめて水を揺らしました。


 太陽のような髪に火傷の痕。

 間違いなくあの時の人間でした。


 思わず飛び出そうとすると小魚はパシャリと跳ねて止めました。


『何をする気だい?君はニンフだろう?人間が君を見たら間違いなく捕まえて晒し者にする』


 けれど私はあの人に逢いにきた!


『人間に?あそこに送られる人間は何かの罪を犯した人間だ。しかも重大な罪だ。例えば裏切り者――此処ではプロドティスと呼んでる』


 水面が揺れました。


【裏切り者】


 ナイアードにその意味は分かりません。

 分からなくともただあの人は人間の中で悪いことをしてしまったことは分かりました。


 けれど信じられませんでした。

 あんなにあたたかいもの与えてくれた人が。

 ナイアードのことを心配してくれた人がそんなことをするなんて考えられませんでした。


『人とはよく分からないものですよ』


 そう呟くように言ったのは、分かれ道で会った蛙でした。


『貴方が心配でついてきました。人とは容易に嘘偽りを言う。あの人間とあの人間を処罰する人間はどちらが嘘偽りか……』


 あの人がそんなことをするはずがない。

 ナイアードはそう思いました。


 なら……。


『しかし、貴女は女神の力で人となることができる代わりに太陽の馬車が走るこの刻に姿を現してはならないはず』


 蛙がそう忠告してナイアードもようやく思い出しました。

 本来、ナイアードはあの泉でしか生きてはいけないのです。

 今は女神の力があるからこそ。


『我が兄弟の馬車が空裾に覗かぬまに水に隠れなければそなたは泡となろう』


 追い掛ける為の代償。

 今水面を突き破り、姿を晒したならば泡になってしまう。

 それは絶対の誓い。女神の力なのでした。

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